ローブナー賞コンテストの実際

Turing Test Contest in Practice


2021/07/20
藤田昭人


前回 の記事は 前々回 よりもさらに多くの方々に読んでいただけたようで…ありがとうございます。

本稿ではチューリングテスト・コンテストの 実例として、 前回も少しふれたローブナー賞について もう少し掘り下げて紹介したいと思います。


Loebner Prize 2009

実は個人的な関心から ローブナー賞についてはいろいろ調べて来たのですが、 コンテストの実際の様子を語るなら Loebner Prize 2009 がもっとも都合が良さげかと思います。

というのも、その理由のひとつは 古くからあるチャットボット専門サイトの chatbots.org が制作したコンテストのダイジェストビデオが 残ってるからです。 全編で10分程度の短い映像ですし、 英語で滔々と語るシーンも皆無なので 日本人の僕たちにも比較的見やすい(😁) ビデオです*1

www.youtube.com

この映像を見る前に 思い出しておいて欲しいのは チューリングテストに関するルール、 テストを実行するための役回りについてです。

テストの主役はもちろん チャットボット(Chatbots) です。Loebner Prize 2009では 次の3つのチャットボットが ファイナルステージに勝ち上がりました。

チャットボット 開発者 所属
Do Much More David Levy Intelligent Toys Ltd.
Cleverbot Rollo Carpenter Icongno Ltd. and Existor Ltd.
Chip Vivant Mohan Embar  

しかし僕的に引っかかるのは 「ファイナルというからには 予選もあったのか?」 という疑問でして、 「ローブナー賞の予選」 なるものの情報を 探しまくったのですが… 見つかりませんでした。 これ、どう理解すれば良いのかなぁ?

前回 もチラッとふれましたが、 チューリングテストでは 「機械のフリをする人間」の コンフェデレイト(Confederate) も参加します。 Loebner Prize 2009では 次の4人のコンフェデレイトが 暗躍しました(笑)。

コンフェデレイト 所属
Brian Christian Knopf Doubleday Purblishing
Dave Marks Sandia National Labs
Olga Martirosian Meraka Institute
Doug Peters Nuance Communications Inc.

なお コンフェデレイトについては 後ほど詳しく紹介します。

最後に「もっとも人間に近い対話者を判定する」 ジャッジ(Judge) です。前回は「10人」と説明しましたが Loebner Prize 2009では ジャッジは次の4人だけだったようです。

ジャッジ 所属
Prof Alan Garnham University of Sussex
Prof John Carroll University of Sussex
Prof Shalom Lappin King's College London
Mr Jon Bentley The Gadget Show

たった4人のジャッジとなると 「30%以上が人間と判定する」 というチューリングテストの条件は 1人で満たされず、実際には2人以上、 つまり50%以上という条件になってしまいますねぇ。

ちなみに4人のうち3人までは教授なんですが、 残る4番目のジョン・ベントレーは イギリスのテレビ番組(5チャンネル) The Gadget Show のキャスターだそうです。 この番組は一般向けにテクノロジーを紹介する 番組なんだそうですが、番組のテイストは YouTube のアーカイブ からご覧ください。実は 「ひょっとしたら Loebner Prize 2009 を 紹介する回があるかも?」 と思ったもので調べてみたのですが… 見つけられませんでした。

さて…

チューリングテストが 「ジャッジの30%以上が 同一のコンピュータを 『もっとも人間らしい』と 評価した場合」 をクリアの条件としていることは 前回 紹介しましたが、 ローブナー賞ではそれ以外に 2つの賞が設けられています。

1つはその年でもっとも優秀な チャットボットに与えられる The Most Human Computer (もっとも人間らしいコンピュータ) で、Loebner Prize 2009で 選ばれたのは Do Much More でした*2

もう1つはその年でもっとも優秀な コンフェデレイトに与えられる The Most Human Human (もっとも人間らしい人間) で、Loebner Prize 2009で 選ばれたのは ブライアン・クリスチャン でした。


ブライアン・クリスチャンのレポート

僕が Loebner Prize 2009 に注目すべきと考える もうひとつの理由は、 このコンテストに コンフェデレイトとして参加した ブライアン・クリスチャン が、その経験を元に執筆した書籍 "The Most Human Human" (邦題『機械より人間らしくなれるか』) を出版しているからです*3

やはり、 コンテストの当時者による打ち明け話は、 いろんな意味で大いに参考になります。

本稿では書籍のプレビュー版に位置付けられそうな クリスチャンが月刊誌 Atlantic に寄稿した記事 "Mind vs. Machine" をサマライズします。

www.theatlantic.com

そもそも クリスチャンがローブナー賞に参加した動機は、 前年の2008年の結果に 「人類の尊厳が脅かされかねない」 と感じたからのようです。

however, at the 2008 contest, the top-scoring computer program missed that mark by just a single vote. When I read the news, I realized instantly that the 2009 test in Brighton could be the decisive one. I’d never attended the event, but I felt I had to go -- and not just as a spectator, but aspart of the human defense. A steely voice had risen up inside me, seemingly out of nowhere: Not on my watch. I determined to become a confederate.

しかし、2008年のコンテストでは、トップスコアを獲得したコンピュータプログラムが、わずか1票の差でその座を逃してしまったのです。 このニュースを読んだとき、私は即座に「2009年のブライトンでのテストが決定的なものになるかもしれない」と思いました。 これまで一度も参加したことはありませんでしたが、単なる観客としてではなく、人類を守るために参加しなければならないと思いました。 心の中でどこからともなく厳しい声が聞こえてきました。 私はコンフェデレイトになることを決意しました。

1996年〜1997年、IBMの ディープ・ブルー の挑戦を受けてたった ガルリ・カスパロフ を敬愛する彼は、自らをカスパロフになぞらえて 「人類の尊厳を守る」 との、いささかロマンチックな考えに突き動かされていたと言います*4

コンフェデレイトとして Loebner Prize 2009 に参加することが許されて以降、 クリスチャンはチャットボットの挑戦を退けるための綿密な準備を始めますが、 この記事ではその準備作業の中の幾つかを披露しています。 チューリングテストの哲学的・心理学的な考察の後、 チャットボットの基礎である ジョセフ・ワイゼンバウムELIZAリチャード・ウォレスA.L.I.C.E. の紹介から始まる一連のレクチャが展開しますが、 ここでは僕が気になったトピックを2、3上げておきます。


●ジャッジの2種類のタイプ:「おしゃべり」と「尋問者」

クリスチャンによれば、 ジャッジは「おしゃべり」と「尋問者」の2種類のタイプに分類できるそうです。

I had learned from reading past Loebner Prize transcripts that judges come in two types: the small-talkers and the interrogators. The latter go straight in with word problems, spatial-reasoning questions, deliberate misspellings. ・・・ The downside to the give-’em-the-third-degree approach is that it doesn’t leave much room to express yourself, personality-wise.

The small-talk approach has the advantage of making it easier to get a sense of who a person is -- if you are indeed talking to a person. And this style of conversation comes more naturally to layperson judges. ・・・ The downside is that these conversations are, in some sense, uniform -- familiar in a way that allows a programmer to anticipate a number of the questions.

私はローブナー賞の過去の記録を読んで、ジャッジには「おしゃべり」と「尋問者」の2つのタイプがあることを知りました。 後者は、単語の問題、空間的推論の問題、意図的なミススペルを真っ向から指摘してきます。 ・・・ 「厳しく詰問する」アプローチの欠点は、自己表現の余地があまり残されていないことです。

(前者の)「おしゃべり」方式には、実際に人と話している場合に、その人が誰であるかを簡単に把握できるという利点があります。 このような会話スタイルは素人の審査員にはより自然に生まれます。 ・・・ 欠点は、これらの会話はある意味で画一的であり、 プログラマーが多くの質問を予想できる慣れ親しんだものであるということです。

過去、ローブナー賞では「おしゃべり」タイプが暗黙的に推奨されてきたそうですが、 このタイプの欠点に挙げられている「ある意味で画一的」とは挨拶などの 定型的な会話、例えばジャッジが「今日は暑いねぇ」と話しかけてきた時、 チャットボットの開発者は「そうですね、暑いですね」 といった無難な返事を容易に想像できることを指摘しています。 こういった会話で人間らしさを演出するのは難しいとクリスチャンは考察しています。


●「ライブタイピング」への対応

ローブナー賞では、何かキーを叩く度に相手のターミナルにその反応が表示される 「ライブタイピング」機能が採用されていました。 そこで意図的に、間を取ったり、削除キーを連打して入力を消したり、 あるいはタイプミスを挿入したりして、人間らしいケアレスミスをシミュレートする テクニックを用いるチャットボットが初期の頃から存在しました。

クリスチャンは「ライブタイピング」の機能を使って 人間らしさを演出するために次のような戦略を考え出しました。

I would treat the Turing Test’s strange and unfamiliar textual medium more like spoken English, and less like the written language. I would attempt to disrupt the turn-taking “wait and parse” pattern that computers understand, and create a single, flowing duet of verbal behavior, emphasizing timing.

私は、チューリングテストの奇妙で馴染みのないテキスト媒体を、 書き言葉のようにではなく、 話し言葉のように扱うことにしました。 コンピュータが理解する話者交替の「待って、解析する」パターンを破壊し、 タイミングを重視した、ひとつの流れるような言葉のキャッチボールによる二重奏を作り出すのです。

つまり「相手の反応を待たずにどんどん発言をしていく」という戦略で、 クリスチャンは「チャットボットには真似できない」と考えていたようですが、 非同期プログラミングが一般化した今日では この戦略をチャットボットも採用できるのではないか?と僕は思います。


●コンフェデレイトの策略

クリスチャンは「どんどん発言していく」戦略に「ライブタイピング」機能の活用に加えて 更に新たな意義を見出していたようです。

The humans in a Turing Test are strangers, limited to a medium that is slow and has no vocal tonality, and without much time. A five-second Turing Test would be an easy win for the machines: the judges, barely able to even say “hello,” simply wouldn’t be able to get enough data from their respondents to make any kind of judgment. A five-hour test would be an easy win for the humans. The Loebner Prize organizers have tried different time limits since the contest’s inception, but in recent years they’ve mostly adhered to Turing’s original prescription of five minutes: around the point when conversation starts to get interesting.

A big part of what I needed to do as a confederate was simply to make as much engagement happen in those minutes as I physically and mentally could. Rather than adopt the terseness of a deponent, I offered the prolixity of a writer. In other words, I talked a lot.

チューリング・テストに参加する人間は、 見知らぬ人であり、ゆっくりとした声色のないメディアに限定されており、時間もありません。 5秒のチューリングテストは、機械にとっては楽勝です。 「こんにちは」と言うことすらできないジャッジは、 何らかの判断を下すのに十分なデータを回答者から得ることができないからです。 5時間のテストは、人間にとっては簡単に勝てるでしょう。 ローブナー賞の主催者は、コンテストが始まって以来、さまざまな制限時間を試してきましたが、 「会話が面白くなってきた頃」というチューリングの言葉を守って、 近年では、チューリングの最初の処方箋である5分にほぼ固執しています。

コンフェデレイトとして私がやるべきことの大部分は、 この数分間に肉体的にも精神的にも可能な限り多くのイベントを起こすことでした。 証言者のように淡々とするのではなく、作家のように諄々と話す。 言い換えれば、私はたくさん話しました。

つまり「ジャッジに対してできるだけ多くの情報を与える」ことで 「ジャッジが対話相手の人物像を想像することを助ける」と考察しています。 クリスチャンはこのアプローチに従ったジャッジに対する自身の応答に自信を持っていたようですが、 隣にいたダグ・ピータースの次の会話を覗いた時に打ちのめされたと語っています。

Judge: Hey Bro, I’m from TO.
Confederate: cool
Confederate: leafs suck
Confederate: ;-)
Judge: I am just back from a sabbatical in the CS Dept. at U of T.
Confederate: nice!
Judge: I remember when they were a great team.
Judge: That carbon date me, eh?
Confederate: well, the habs were a great team once, too …
Confederate: *sigh*
Judge: YEH, THEY SUCK TOO.
Confederate: (I’m from Montreal, if you didn’t guess)

Judge: よぉ兄弟、私はTOから来たんだ
Confederate: クール
Confederate: リーフス最低
Confederate: ;-)
Judge: 僕はT大学のCS学部でのサバティカルから戻ってきたところだ
Confederate: いいね!
Judge: 素晴らしいチームだったことを覚えてるよ
Judge: 僕には大昔のことだけどね(笑)
Confederate: まあ、ハブスもかつては素晴らしいチームだったけど...
Confederate: *ため息*
Judge: ええ、奴らも最低だ。
Confederate: (想像していなかっただろうけど、僕はモントリオールから来たんだよ)

訳注: ここではカナダのホッケーチームのトロント・メープルリーフス(leafs)と
モントリオール・カナディアンズ(habs)の話をしている。
両チームは伝統的なライバル関係にある。

ジャッジが共感できる話題を見つけた場合、 コンフェデレイトはより人間らしい対応ができると クリスチャンは考えていたようですが、 これもある面では「定型的な会話」になるんじゃないか?と僕は思いました。 例えば、相手が阪神タイガースのファンだとわかった場合 「バース、掛布、岡田」と発言すれば 会話相手は更に饒舌になるように思いますから。

ともあれ…

クリスチャンのコンフェデレイトに関する考察は非常に興味深い内容で、 チャットボットの開発者も1度コンフェデレイトを経験すると 解決すべき課題が具体的にイメージできるようになると思いました。


ローブナー賞とは?

クリスチャンの記事に時折挟み込まれるローブナー賞の様子は、 微笑ましいものです。例えば…

Ridiculous Canadians and their ice hockey, I’m thinking. Then I’m thinking how ridiculous it is that I’m even allowing myself to get this worked up about some silly award. Then I’m thinking how ridiculous it is to fly 5,000 miles just to have a few minutes’ worth of IM conversations. Then I’m thinking how maybe it’ll be great to be the runner-up; I can compete again in 2010, in Los Angeles, with the home-field cultural advantage, and finally prove --

“And the results here show also the identification of the humans,” Jackson announces, “and from the ranking list we can see that ‘Confederate 1,’ which is Brian Christian, was the most human.”

And he hands me the certificate for the Most Human Human award.

「愚かなカナダ人と彼らのアイスホッケー…」と私は考えていました。 そして、バカげた賞のことでこんなにも自分に言い聞かせているなんて、 なんて馬鹿げているんだろうと思ってしまいました。 それから、たった数分のインスタント・メッセージでの会話のために 5000マイルもの距離を飛んで来ることがどれほど馬鹿げているかを考えていました。 さらに、準優勝というのは素晴らしいことかもしれないとも考えました。 2010年にロサンゼルスで、ホームフィールドの文化的優位性を生かして再び出場し、 最終的には次のように証明することができて…

「そしてここでの結果は、人間の識別も示しています」とジャクソンは発表します。 「そしてランキングリストから、ブライアン・クリスチャンである ‘Confederate 1’ が最も人間的であったことがわかります」

そして、彼は "Most Human Human" の賞状を手渡してくれました。

実は、クリスチャンが記述している この感動的なシーンは前述のビデオにも登場します。 が、彼が言うほどには感動的ではない、 いや、もっと率直に語ると「非常にそっけないシーン」に見えます。 きっと、これは彼の心象風景だったのでしょう。

「オタクのオタクによるオタクのためのコンテスト」

これがローブナー賞の真実のように僕には思えます。 そしてビデオでは、このコンテストの創設者である ヒュー・ローブナー への感謝が繰り返し語られます。 一部では「売名行為」と揶揄されているローブナーですが、 さまざまな批判や妨害に耐え、 時には私財を注ぎ込んでまで、 この毎年開催されるコンテストを 長らく維持・運営してきた彼への深い感謝が感じられます。 米国人である彼が始めたにも関わらず、 ローブナー賞は英国人のためのコンテストです。 それが日本人である我々には見えにくい ローブナー賞のもうひとつの顔なのかも知れません。

ビデオやクリスチャンのレポートから感じるコンテストへの情熱は、以前読んだ スティーブン・レヴィ の名著 『ハッカーズ』 に登場する ホームブリュー・コンピュータ・クラブ を彷彿させるものです。 オールドファンの方々はご記憶のことと思いますが、 Apple を設立した「もう一人のスティーブ」こと スティーブ・ウォズニアック が毎回クラブに持ち込んでいた マイクロプロセッサによるホームコンピュータ(のボード)こそが 後の Apple の最初のベストセラーである Apple II となります。また開発したBASICインタープリターを 使ってビジネスを始めた ビル・ゲイツ を最初に酷評したのも、このクラブでした。

僕は、 こういった純粋で無垢で情熱的な衝動を (かつての)ローブナー賞にも感じてしまうのです。


ローブナー賞の現在

もっとも、このローブナー賞の「古き良き時代」は Loebner Prize 2009 の時点で終わりに向けて走り出していたように見えます。 クリスチャンは The Most Human Human の受賞には喜びつつも、 その際に感じた戸惑いについて次のように語っています。

I DIDN’T KNOW how to feel, exactly. It seemed strange to treat the award as meaningless or trivial, but did winning really represent something about me as a person? More than anything, I felt that together, my fellow confederates and I had avenged the mistakes of 2008 in dramatic fashion. That year, the 12 judges decided five times that computer programs were more human than confederates. In three of those instances, the judge was fooled by a program named Elbot, which was the handiwork of a company called Artificial Solutions, one of many new businesses leveraging chatbot technology. One more deception, and Elbot would have tricked 33percent of that year’s dozen judges -- surpassing Turing’s 30 percent mark, and making history. After Elbot’s victory at the Loebner Prize and the publicity that followed, the company seemingly decided to prioritize the Elbot software’s more commercial applications; at any rate, it had not entered the ’09 contest as the returning champion.

正直なところ、どのように感じればいいのかわかりませんでした。 この賞を無意味なもの、つまらないものとして扱うのはおかしいと思いましたが、 「受賞は私という人間の何かを表しているのか?」(と考えてしましました。) 何よりも、コンフェデレイトの仲間たちと一緒に、2008年の失敗を劇的な形で取り返せたと感じました。 前年、12人の審査員は、コンピュータプログラムの方がコンフェデレイトよりも人間らしいという判断を5回下しました。 そのうち3回は、Elbot というプログラムに騙されました。 このプログラムは、チャットボット技術を活用した数多くの新興企業のひとつである Artificial Solutions 社が開発したものです。 もし、もう一回騙せていたら、Elbot はチューリングの30%を超え、歴史に名を残すことになったのです。 Elbot がローブナー賞を受賞し、世間の注目を集めた後、同社は Elbot の開発を優先したようです。 いずれにしても、2009年のコンテストには、返り咲きのチャンピオンとして参加していません。

つまり、クリスチャンにコンフェデレイトとしての参加を 決意させたチャットボットと彼が対決することはなかったのです。

これはまた、ローブナー賞でのビジネス指向の台頭を示す出来事でもありました。 ローブナー賞で The Most Human Computer を獲得したチャットボットの多くは、 その後、何らかの形でビジネス化へと踏み出していきました。 これはかつてのホームブリュー・コンピュータ・クラブでも起こった現象です。

ヒュー・ローブナーは アラン・チューリング・イヤー (2012)の前年を最後にローブナー賞の運営からは退き、 Turing Centenary Advisory Committee(TCAC: チューリング100周年記念諮問委員会) のメンバーとなりました。そして2016年12月に亡くなりました。

2014年以降、ローブナー賞は ブレッチリーパークAISB (世界最古の人工知能学会) が運営を引き継いでいます。 2019年にはルールが変更され、 ジャッジもコンフェデレイトも廃止されました。 代わりに、チャットボットは一般の人々によって審査されています。

以上

*1:ローブナー賞コンテストの様子を収めた もうひとつの映像は次の Loebner Prize 2007 のビデオです。

www.youtube.com

噂のヒュー・ローブナーの自宅で 開催されたコンテストだったことが 映像からも窺い知れます。

*2:Loebner Prize 2009での Do Much More の 会話ログは次で公開されています。

2009 Loebner Prize Competition Transcripts

案外、たわいもない会話のような…😀

*3:ブライアン・クリスチャンの書籍は 次のリンクで辿れます。

www.penguinrandomhouse.com

ちなみにこの書籍がベストセラーになったため、 クリスチャンは一躍ノンフィクション作家の 仲間入りを果たしました。

なお日本語訳は草思社のサイトで確認できます。

www.soshisha.com

ちなみに文庫版 も刊行されています。 一般教養としてのAIを ギュッとまとめられているので、 おすすめの一冊です。

*4:哲学の学位を持ち、詩作による美術修士も取得しているクリスチャンには、 それが自然なことに思えたのでしょう😀

チューリングテストのアナロジー

Turing Test Analogy


2021/07/12
藤田昭人


前回 は久方ぶりに読み物的記事を書いたのですが、 予想外に多くの方々に読んでいただけたようで…ありがとうございます。図らずも 「チューリングテストは案外認知度が高い」 と再確認できた次第。ですが、僕的には 正直言うと勢いだけで書いた記事だったので、 読み返してみるとあまりに散漫な内容だったなぁと 反省しているところです。

そこで…

前稿の後半部分の 「チューリングテストの今日的な意義」 にフォーカスして、 幾つかのテーマを書きたいと考えています。 本稿ではまず 「男性のフリをする女性」と 「女性のフリをする男性」 の話から。


「男性 vs 女性」の模倣ゲーム

前回、この話は 「チューリングの論文の冒頭で語られている」 と説明しましたが、そのくだりを 新山 祐介さんが翻訳された "Computing Machinery and Intelligence"(計算する機械と知性) から引用します。

次のような問いについて考えてみよう:

「機械は考えることができるだろうか?」

まず始めに「機械」とか「考える」という用語の 意味を定義しないと いけない。 この定義は、なるべくその言葉の ふつうの使いかたを 反映するように 作られてしまうかもしれない。 しかしこういった態度は危険だ。 もし「機械」や「考える」という 単語の意味がそれらの一般的な用法を 調べて明らかになるのなら、 つぎのような結論になってしまうのは 避けられないからだ。 つまり、 「機械は考えることができるか」 という問いの意味とそれに対する答えは、 ギャラップ社の世論調査のような 統計的調査によって求められるべきだ、 ということになる。 そんなのはバカらしい。 ここで私はこんな定義をするかわりに、 この問いを別の、 これとかなり似てはいるがそれほど曖昧でない 言葉で言いかえてみよう。

ここまでは論文の本来のテーマ 「知能機械」について語られてます。 が、その後、論文は突拍子も無い方向に展開します。

この問いの新しい形式は私たちが 「模倣ゲーム」 と呼ぶゲームによって表わされる。 これは男性 (A) と女性 (B)、 および性別は問わない一人の質問者 (C) の 3人によって行われる。 まず質問者はほかの 2人とは別の部屋に入る。 質問者にとってのこのゲームの目的は、 この 2人のうちどちらが男性で どちらが女性かを言い当てることだ。 質問者は彼らを X と Y という名前で 呼び、 ゲームの終わりに 「X が A で、 Y が B」あるいは 「X が B で、 Y が A」のどちらなのか 当てるのである。 質問者は A と B に次のような質問をすることが 許されている:

C: X さんの髪の長さを教えてもらえますか?

ここで、実は X が A であるとしよう。 すると A は答えなければならない。 このゲームでの A の目的は、 C が間違った判断をするようしむけることである。 彼の答は、たとえば次のようなものになる:

「私の髪はみじかくて、 長いところでも 9インチぐらいです」

声の高さで質問者に悟られてしまわないように、 答は紙に書くのがよい。 タイプライターによってタイプすればさらによい。 理想的な環境は 2つの部屋のテレタイプでつないで 通信させることだ。 あるいは質問と回答を、 仲介者を通してくりかえすようにしてもよい。 このゲームでの B の目的は、 質問者を助けることだ。 彼女のもっともよい 戦略は、 おそらく本当のことを正直に答えることだろう。 彼女は「女のほうは私です、 彼の言うことを聞いてはいけません!」 などとつけ加えることもできるが、 これは何の役にも立たない。 なぜなら 男の方も同じようなことが言えるからだ。

このように「チューリングテスト」の事を チューリング自身は「模倣ゲーム」 と呼んでいました。 チューリングの伝記映画 のタイトルにもなりましたので 耳馴染みのある方もいらっしゃるでしょう。 でも、この「模倣」の意味を正しく 理解している方は案外少なかったかも。 これが 「男性のフリをする女性」と 「女性のフリをする男性」が 繰り広げる騙し合いのゲームだったことを チューリングは論文の冒頭で語っています。

ところが…

ではここでひとつ問いを立ててみよう。 「このゲームで機械が A の役をうけもったら 何が起こるだろうか?」 こうすると、 ちょうど男性と女性によって このゲームが行われているときと同じくらい、 質問者は判断を 誤るだろうか? この問いは私たちの最初の問い 「機械は考えることができるか」 を置き換えるものになる。

…と、またまた唐突に 「人間 vs 機械」 の話に戻ります。

論文ではその後「男性 vs 女性」の話は登場しません。 話題はストアド方式によるデジタルコンピュータの仕組みへと移ります。 それ故、冒頭の話はコンピュータが一般的ではなかった当時 「人間 vs 機械」 の問題を読者にリアルに認識してもらうための アナロジーと理解されてきました*1


現在の技術を使ったチューリングテスト

チューリングの論文が発表されてから 70年あまり経過した今日、 論文ではチューリングが説明に苦労したコンピュータは 一般的なデバイスとして広く普及してますし、 デジタルコミュニケーションも格段に進歩して 音声付き映像によるテレコミュニケーションも 日常的なツールとして利用されています。

調べてみると「人間 vs アンドロイド」による 総合的チューリング・テスト という提案があるそうで、 今ではそのようなテストが 実現可能であることに疑いを持つ人も あまりいないのではないかと思います。

では「男性 vs 女性」のテストの方はどうでしょうか?

是非はともかく 「男性のフリをする女性」と 「女性のフリをする男性」 というテーマの方もロボットやAI以上に 格段に進歩した言える(言わざる得ない) 現状があるように思います。 次は前回も登場した「ジェンダーレスボーイ」 井出上漠くんの映像です*2

www.youtube.com

この映像は5分間程度で チューリングテストでの 1回のセッションに概ね一致します。仮に あなたがこの映像の背景を全く知らないまま、 この5分間の映像を最後まで見たとします。

あなたは「彼」だと思いますか?
それとも「彼女」だと思いますか?

モルモット扱いをして 漠くんには申し訳ないのですが…

現在のデジタルコミュニケーションの技術を使って チューリングテストを行うと こんな感じになるのではないか? と僕は考えてます。 チューリングテストでは JUDGE(審査員)が一人当たり5分間会話しますが、 JUDGEがこのようにSNSのDMを使って質問をし、 質問に答えてる様子を映像を見ながら 「男性 or 女性」(あるいは「人間 or 機械) を審査するという形式なら、 SNSを使って比較的簡単に チューリングテストの環境を構築できそうです。

この映像では「どうしてそんなに声が高いの?」という フォロワーからの質問に漠くんは一生懸命答えてますが、 チューリングテスト的観点でよく見ると、 身振り手振りを交えながら質問に答えてる、 特に手を忙しなく動かしていることが確認できます。 それが話者の人間らしさ(女性らしさ)の 演出に大きく寄与しているように思えますが、 そう言った細かな仕草なども考慮するとなると、 もしこういった形式で「人間 vs 機械」のチューリングテスト、 つまり前述の「総合的チューリング・テスト」を実施した場合、 クリアできるアンドロイドが登場するには まだまだ時間が必要な気がしますね。


チューリングテストの今日的な解釈

漠くんの映像を手がかりに、 チューリングテストに 現在のデジタルコミュニケーション技術を活用すると 対話のリアリティが格段に向上することを 擬似的に確認してもらった訳ですが、 これはチューリングテストのもう一つの 隠されたテストを顕在化させるように思います。 すなわち…

あなたはこのような存在を人間社会が受け入れることができると思いますか?

…と問いかけられているように思えてくる訳です。 おそらく今後アンドロイドの性能がさらに向上し、 振る舞いにドンドン人間らしさを 帯びてくるにしたがって、 この即答できそうにない質問を 強く問い詰められているように 感じるのではないかと僕は想像しています。

言うならば「機械は思考できるか?」が チューリングテストの表の問いならば 「思考する機械を人間は受け入れられるか?」 は裏の問いになる訳で、各々の問いは チューリングテストの必要条件と十分条件に 相当するのではないかと思います。

もちろん必要条件が成立しなければ 十分条件には意味はないのですが、 必要条件が成立したと言う伝聞も相まって 現実の出来事として遭遇する予感があるので 十分条件が気になり出した… 例えば 前回 もふれましたが、SNSが広く普及している今日、 知らず知らずのうちに チャットボットと会話しているといった状況は 誰にでも起こり得ることです。

このような 「チューリングテストのような日常」 を意識するようになると、誰もが 十分条件について考えざる得ない のではないでしょうか? 現在の我々の日常を鑑みると チューリングテストの意味や理解について 修正を迫られているように僕は考えています。


クリアの条件

最後にチューリングテストのクリアの条件について…

本稿の冒頭で引用した 1950年にチューリングが発表した論文は、 チューリングテストの手順を詳細に語る文献 としてよく知られていますが、 チューリング自身が想定した 「テストへの反論」 に対する丁寧な考察は書かれているものの、 チューリング自身が考える 「クリアの条件」 には言及がありません。

ですが…

チューリングテストのコンテスト界隈では 「論文の発表後、 チューリング自身が クリアの条件について語った」 と言われています。 例えば前述の 「総合的チューリング・テスト」 を提案している ジョス・デ・ムルチューリング自身が言及したとされる チューリングテストのクリアの条件について 次のように説明してます。

このテストにパスするために, 知性的機械 -- それはコンピューター・プログラムによって動かされている -- は, 少なくとも 30% の質問者を,5 分間自身が人間であると騙すことができなければならない。 チューリングは,こ のテストを機械がパスできるためには 50 年かかるだろうと予測した。 すなわち,2000 年である。 この予測はそれほど外れていなかった。 2014 年に,最初のコンピューター・プログラムがテス トをパスした。

このチューリングの言及は、 1952年にBBCのラジオ番組(?)として放送された 学識経験者同士の対談番組での発言に由来しているようですが*3、世のチューリングテストに基づく 多くのコンテストでは このクリア条件に基づいて ルールが定められているようです。

例えば、最古のチューリングテストに 基づくコンテストであるローブナー賞では、 4台のコンピュータ (人間のフリをする機械、チャットボット)と 4人のコンフェデレイト (機械のフリをする人間、共犯者)からなる 都合8名の覆面対話者に対し、 10名のジャッジ(審査員)が 1名あたり5分間会話をし、 その後5分間でジャッジは各人ごと 対話者のランキングを修正します。 全てのジャッシが全ての覆面対話者と会話しますので 全体では80分あまりの時間を要します。

このようにして作成された 10人分の対話者ランキングに基づいて 対話者の審査を行う訳ですが、 ジャッジの30%以上、 つまり3名以上が同一のコンピュータを 「もっとも人間らしい」 と評価した場合、 このコンピュータはチューリングテストを クリアしたと認定されます。

ジャッジの主観的な評価に基づいているので、 ローブナー賞の審査には 是非の議論がついて回って来ました。 しかし「質問者の30%以上」と言ったのは チューリング自身と言われていますので、 その責任をローブナー賞に求めるのは 無理があるのかも知れません。

なお「テストをクリアするのに 50年間を要する」とは、正確には 「2000年ごろにはクリアできるだろう」 とのチューリングの発言に基づき、 論文が発表された1950年から 計算されたようです。

ちなみに「2014年にパスした」とは 前回 紹介した2014年のレディング大学が 独自に企画したチューリングテストの実験のことです。 この実験でもローブナー賞と 概ね同様のルールが採用されたと思われます。

したがって…

チューリングテストの必要条件が 成立するまでに64年間を要したことになります。 では、十分条件が成立するまでには どれくらいの時間を要するのでしょうか? 前述のように「質問者の30%以上」に対する 懐疑論が存在するので、 ローブナー賞などのコンテストでの実績に 基づく予想は難しそうなのですが…

十分条件を「思考する機械が 社会的認知を得て市民権を獲得する」と理解すると、 チューリングは予想外のヒントを 提供してくれてるかも知れません。

すなわち…

彼が当時違法とされた 同性愛で逮捕されたのは1952年、 同性愛の違法性が否定され 彼の名誉が回復されたのは2014年ですから、 彼の事例では社会的認知が覆るのに 要する時間は62年間ということになります。 もっともこの事例は、 チューリングが残した業績を高く評価し、 彼の名誉回復のために 尽力した方々が多数存在したからで、 おそらく「ベストケースの場合」との 但し書き付くのでしょうが…

少なくとも…

どうやら本稿で書いた諸々が全て陳腐化するまでに 100年待たされることはなさそうです😁

以上

*1:おそらくチューリングの論文の 主な読者である理工学の学生や研究者は 「人間 vs 機械」 の話題に関心はあっても (文学部の学生に比べて) 「男性 vs 女性」 の話題には無関心、 あるいは避けているのが一般的でしょうから、 「男性 vs 女性」 の話は記憶から抜け落ちてしまうのだろう… などと僕は自分勝手に想像しています😀

*2:この映像はおそらくインスタグラムかYouTubeの 彼のフォロワーに対する ライブ配信を録画したものでしょう。 この種の彼の映像はYouTubeで幾つも見つけることができます。

*3:いずれ事実関係を詳しく調べてみたいと考えてますが…

僕が想像するに、この発言はテレビ番組あたりで 無茶振り質問を食らった大学の先生が、 苦し紛れに返答する「直感的には…」から始まる 発言だったのではないかと思っています。

それが「30%」や「5分間」「50年」などの 数字に対する明確なエビデンスが示されてない理由で、 それ故、論文等の文献には残されてないのではないかと 想像しています。

チューリングテストについて改めて思うこと

A new thought about the Turing Test


2021/07/01
藤田昭人


唐突ですが…

久しぶりに読み物を書きたくなって 本稿を書いてます。

テーマは「チューリングテスト」です。

エッセイなどというオシャレな文章ではありませんが、
ちょっとした暇つぶしにはなるかとは思います😁


2014年のチューリングテストへの批判記事

本稿を書きたくなったのは、次の記事を見かけた事がきっかけでした。

www.itmedia.co.jp

3年前の2018年07月26日に公開された記事だったのですが、 タイトルの「4年前の『AIがチューリングテスト合格』騒動は何だったのか?」が 妙に挑発的に感じられたので覗いてみたところ…

この記事が問題にしているのは、 2014年6月8日に英国レディング大学で実施されたチューリングテストの実験でした。 「チャットボット Eugene Goostman がチューリングテストをクリアした」 との報道には僕にも記憶があります。 しかし、この記事は「チューリングテスト合格は本当?」と テストの正当性に疑惑を提示する文言が並んでます*1

確かに、このレディング大学のイベントに限らず、 チューリングテストに基づくコンテストには その正当性に疑義を突きつけられる事例もあるのですが…

2014年といえば アラン・チューリング法 が成立し、英国王室よりアラン・チューリングを始めとする 過去の同性愛を理由に逮捕・投獄された方々への恩赦が正式に発表された年です。 チューリング生誕100周年を祝った2012年の アラン・チューリング・イヤー に続き、英国がチューリングの名誉回復に祝ってお祭り騒ぎに沸いてる年に 開かれたチューリング関連のイベントに対し 後出しのように疑義を提示するというのは何とも無粋な感じですよね?*2

記事では、レディング大学のイベントを一通り腐した後、 アラン・チューリング自身が語った論文 "Computing Machinery and Intelligence" を持ち出してきます*3。 記事の著者としては「原典に当たれば、自ずと答えが見えるだろう」という思惑だったのでしょう。 が、残念なことに彼の思惑は大きく空振りだったようです。 著者が残したこの記事の結論は次のような1文でした。

私が感じたのは「思考する行為」と「思考しているフリの行為」の違いは何かという問題提起です。

この、尻切れトンボのような幕切れに僕は大笑いしてしまいました。
著者に申し訳ないですが、どうにも苦し紛れの一言のように僕には感じられて…
どうやらこの記事の著者は「チューリングテスト」を甘くみていたようですね*4

まぁ、その場は記事を笑い飛ばして終わったのですが(失礼)

数日後、この記事のある部分からちょっと想起されることがありました。 それが次のくだりです。

人間の頭の中はのぞけません。 その人の思想、信条を無理にでも知ろうとする行為は、自由に反します。法に触れる可能性もあるでしょう。 「思考しているフリ」をして「思考している!」と主張されれば、一体どうやってそれを証明できるでしょうか。

思考だけではなく、愛も、憎しみも、敬意も、軽蔑も、実際に目に見えないものをどうやって証明するのか。 同じように「そうではないこと」をどうやって証明するのか。非常に難しいと言えます。

「お前は私を愛していない」とレッテル張りされれば最後、どう反証しても目に見えませんから言葉で説明する他ありません。 その言葉を信じられなければどうしようもありません。

このくだりを改めて読んで想起されたのは「第2次AIブームの終焉」でした。 そこで、この文章だけを拝借して、僕なりの記事を書いてみたくなったという訳です*5


第2次AIブームの終焉

「第2次AIブームの終焉」と書くと非常にわかりづらいのですが、 僕を含めた現在50歳以上の情報系の面々には、 これは特に拘りのある問題ではないかと思います。端的に述べると 「いったい、いつから機械学習はAIの研究分野になったんだ!!」 ということです。

第2次AIブームが終わったのは概ね1990年前後だったと記憶してますが、 それまでAIは「思考のメカニズムを解き明かす」研究分野だと説明されていました。 当時、機械学習は既に存在していましたが、 それは単に「人間の振る舞いを模倣するだけ」と説明され 「AIではない」と指導教官や先輩に 嗜められる学生や若手エンジニアが多かったのです。 なので現在のAIブームが起こった時、 その中身が機械学習だと聞いて 「それってAIじゃないのでは?」 と反論する方々も多かったのではないでしょうか?

こういう思いを抱えているのは僕らだけではないようです。 例えば、今日のモダンなチャットボットの実装基盤のひとつである A.L.I.C.E. の開発者 リチャード・ウォレス はインタビューに次のように答えています。

At first, he said, he had tried to follow some of the more grandiose theories of traditional A.I., but he found them sterile. "You read a book with a title like 'Consciousness Explained,'" he said, "and you expect to find some kind of instruction manual, something that you can use to build a consciousness. But of course it's nothing of the kind." (Daniel Dennett wrote "Consciousness Explained.")

最初は、伝統的なAIの壮大な理論のいくつかに従おうとしたが、それは不毛だと思ったという。 彼が言うには「もし "Consciousness Explained" のようなタイトルの本を読んだとしたら、 ある種の手順書や意識を構築するために使用できる何かを期待するでしょう。 しかし、もちろんそのようなものは何もありません」 ということだ。 ("Consciousness Explained"『意識の説明』はダニエル・デネットの著作)

Artificial stupidity, Part 2 から引用

つまり、前述の記事のくだりは、第2次AIブームまでの 「思考のメカニズムを解き明かす」AI研究の 限界を指摘する素朴だけど痛烈な批判だと僕には思えます。

そこで、第2次AIブームの終焉の始まりを明確に示す出来事を調べてみたのですが…

それまでのAI研究に引導を渡したのは当時の DARPA/ISTO のディレクタだった ジェイコブ・T・シュワルツ だったそうです。

mathshistory.st-andrews.ac.uk

DARPA のディレクタと言えば ARPANET の構築や Internet の実現に辣腕を振るった ボブ・カーン が有名ですが、 シュワルツはその2代あとのディレクタです。 彼が引導を渡した経緯について調べてみたところ、 「AIの歴史」を語った歴史的名著 "Machines Who Think: A Personal Inquiry Into the History and Prospects of Artificial Intelligence" に次のような記述があることを見つけました。

Schwartz believed that DARPA was using a swimming model — setting a goal, and paddling toward it regardless of currents or storms. DARPA should instead be using a surfer model — waiting for the big wave, which would allow its relatively modest funds to surf gracefully and successfully toward that same goal. As a consequence, he eviscerated Strategic Computing, a swimmer model in his view (though Kahn’s original vision certainly seemed to be premised on catching the wave that was beginning to swell). Schwartz thought that in the long run, AI was possible and promising, but its wave had yet to rise, so a number of sites working on AI and robotics found their funding cut suddenly and brutally. Schwartz’s own interests lay in new architectures, which he favored as the swelling wave, and so he funded the revival of connectionism and machine intelligence, based on new findings in neural modeling.

シュワルツは、DARPA がスイマー・モデルを使っていると考えていた。 つまり、目標を設定して、流れや嵐に関係なく、その目標に向かってパドリングしているのだ。 しかし、DARPA はサーファー・モデルを使うべきだ。 大きな波を待っていれば、比較的少ない資金でも同じ目標に向かって優雅に成功することができる。 その結果、シュワルツは Strategic Computing を廃止した。 彼の考えでは、Strategic Computing はスイマー・モデルだった(ただし、カーンの当初の構想は、うねり始めた波を捕まえることを前提にしていたようだ)。 シュワルツは、長い目で見ればAIは可能で有望だが、その波はまだ高まっていないと考えていた。 そのため、AIやロボット工学に取り組んでいる多くのサイトでは、突然、残酷にも資金が削減された。 シュワルツは、自分の興味が新しいアーキテクチャにあり、それが波のように押し寄せてくることを好ましく思っていたので、ニューラル・モデルの新しい知見をもとにコネクショニズムや機械知能を復活させるための資金を提供した。

ここで登場する Strategic Computing とは第2次AIブームの際、DARPA がAI研究のために設立した組織です。 シュワルツはこの組織が助成する研究チームを切り替えることで、 旧来のAI研究に引導を渡したようです。またここで語られている 「ニューラル・モデルの新しい知見に基づくコネクショニズムや機械知能」 にはその後、今日の機械学習などへと発展する研究プロジェクトが含まれていました。

結局、我々の世代が習ったAI研究が「徒労とまでは言わないが、 いつなったら完成するのか全く見通せない代物」だったということは、 その後の歴史が示すとおりです。 前述のリチャード・ウォレスは、 別のインタビューでAIについて次のように語っています。

"The smarter people are, the more complex they think the human brain is," he says. "It's like anthropocentrism, but on an intellectual level. 'I have a great brain, therefore everybody else does -- and a computer must, too.'" Wallace says with a laugh. "And unfortunately most people don't."

「頭の良い人ほど人間の脳は複雑だと思っています」と彼は言う。 「人間中心主義に似ていますが、それは知的レベルの問題です」。 「僕は頭がいいから、ほかのみんなもそうする。コンピュータもそうしなければならない」とウォレスは笑う。 「残念ながらほとんどの人はそうではありません」

"Approximating Life" , July 7, 2002, Section 6 から引用

しかし、真の天才であるアラン・チューリングは、 彼の周囲にいる秀才たちが「問題を複雑に考えすぎて失敗する」ことに 気づいていたかも知れません。 そう考えると「チューリングテスト」の 「知能があると判定する基準」 を属人性のある曖昧な形に留めたことに、 不思議と納得できるような気がするのです。


チューリングテストの今日的な解釈

次はおそらくアラン・チューリングが全く想像できなかったであろう話、
今日のSNSにまつわる話です。

例えば、Twitter。僕も Twitter を日々利用しているのですが、 タイムラインを眺めているとモデルや女優と見紛うような美人の呟きが流れて来ることがあります。 もちろん面識のない女性です。そこでプロフィールを見てみるとごく普通の一般人のように見えます。 その時、僕が考えるのは…

  • 最新のコスメを駆使した「作られた可愛い」の人だろうか?
  • いや、最新アプリを使いこなした「画像合成美人」だろうか?
  • いやいや、どこから顔写真を盗んできたネカマかもしれない?
  • ひょっとして、これチャットボット何じゃないの?

…とまぁ、その美しさをシンプルに讃える訳ではなくて、 猜疑心をどこまでも肥大していってしまうことを告白します😀

今どきのSNSとチューリングテストの関係を端的に示す事例をもうひとつ…

最近TVCMでも見かけるようになった「ジェンダー・レス」ボーイの井手上漠くん(ちゃん付けした方が良いのかな?) 今どきの若者の彼は SNSも積極的に活用していて、例えば インスタグラムのアカウント も公開してます。 で、芸能人になったこともあってか フォローしておくと律儀に毎日のように 写真や動画をアップしていることがわかります。 これまた、タイムラインに唐突に現れるのですが… その写真を目にした瞬間 「この美人、誰?女性?男性?」 と一瞬混乱状態に陥ることも告白しておきます😀

「それとチューリングテストに何の関係があるんだ?」と突っ込まれそうですが…

チューリングテストの論文を思い出してください。 この論文は「人間 vs 機械」の比較テストについて 述べているのですが、 その冒頭で読者の理解を促すため 「男性 vs 女性」の事例について言及しています。 テレタイプ越しに「男性のフリをする女性」と 「女性のフリをする男性」が登場する話です。 不意に井手上漠くんの写真を突きつけられると、 ひとしきり混乱した後、 僕はいつもこのチューリングの語りを 思い出してしまうのです。 「彼なのだろうか?彼女なのだろうか?」と…

僕の、というか現在の多くの人々のこの日常は、 1950年に知能機械の可能性を探るためにチューリングが考え出したテストの舞台装置が、 今日の僕たちの日常になってしまっていることを意味しています。 さらにもっと言ってしまうと、 こういったデジタルコミュニケーションが推奨されるコロナ禍の今、 このようなコミュニケーションがさらに加速させるような圧力があります。

もちろん、 社会のこのような変化への是非について 皆さん色々な意見があると思いますが、 僕にとって重要なことは 今日の状況が僕たちのチューリングテストへの 理解や解釈を一変させてしまう…それが容易に想像できる状況に 今、僕らはいるという事実に、 僕はちょっと驚いてしまうのです。

それから気がかりなことがもうひとつ…

改めて考えると、僕たちは日常的に「フリ」をします。 「嘘をつく」だとか「他者を欺く」といった悪意あることはそんなに頻繁ではないでしょうが、 「見なかったフリをする」だとか「気づかなったフリをする」ことは案外多い。 また気まずい状況を笑に変えるためのジョークでは「誰かのフリをする」こともあります。 「優しい嘘」なんて言葉があるくらいですしね*6

SNSはこういった人間の「フリ」をする癖を助長させます。 例えば、Twitter では別にアカウントを取得して 別のキャラクターを演じたりすることがありますが、 これも日常的で些細な「フリ」の延長上にある行動だと思います。 ですが問題は、 こうやって生まれた「フリ」の発言も含む SNSのビッグデータ機械学習に使われることです。 学習する際に「正直」な発言と「フリ」の発言は 容易には区別できません。

もちろんSNS各社はトレンド分析などで、 このようなデータを使っているでしょうし、 そこから得られたデータの正しさに関する傾向も 常時把握しているのでしょうが…

彼らのデータの正確性を向上させるための基本戦略は「収集データを増やす」ことだけのように思います。 もし、僕にSNS各社のエンジニアに 質問できる機会があれば 是非この質問をブツけてみたいのですが、 きっと答えは 「正確性を向上するためいろんな補正をしています」 だとか 「それは社外秘なのでお答えできません」 だとか…

またまた「問題を複雑に考えすぎて失敗する」のような匂いがしてきませんか?

この問題を抜本的に解決する方策の1つに 「全部フリで発言された」と解釈することで、 これは多くのチューリングテストに基づく コンテストで用いられている方法のように思います。 つまり、チャットボットが 「人間のフリ」をするのに対し、 人間は「チャットボットのフリ」をする。 それで、どちらが(あるいはどれが) 一番、ジャッジを騙せたか?を競うのが 一般的なチューリングテストに基づくコンテストなんです*7。 もちろん、これが解決策になり得るのは 知能レベルを競うだけで (一般に素直に発言するよりも、フリをする方が知能が必要です)、 周囲はゲーム感覚で見てることができる チューリングテストに基づくコンテストの 場合だけであることは 言うまでもないのですが…

ともあれ…

SNSにより「フリをするコミュニケーション」 がコモディティ化している今日、 そのコミュニケーションにより 発言者の知能を評価するチューリングテストには 新たな役割が課せられるかも知れないなぁ… などと僕は考えています。


「思考する機械」の実像とは?

最後に、SNSのお陰で(あるいはせいで)僕らの身近なところに チューリングテストの世界が存在するようになった現在について考えたいと思います。

例えば、Twitter には相当数のチャットボットが存在します。 名前に bot と付いた明示したチャットボットもありますが、 そうではない存在を隠して「思考するフリをする」チャットボットも 多数紛れ込んでいるのではないかと僕は何年も前から想像してきました。 最初にそのように疑った時には何か薄気味悪い感じがしたかも知れません。 でも今はその時に感じた事も思い出せないくらい慣れっこになっています。 何故なら人間もチャットボットと同じぐらい「フリ」をするから。

この「思考するフリをする機械」はSNSだけの話ではないようです。 例えば、将棋AIを対戦したことのあるプロの棋士によると 「将棋AIと対戦しているとAIに意思や感情があるように錯覚することがある」 と言います。「指手で会話する」という感覚は僕には全く理解できないのですが、 仮にチャットボットでも「思考するフリ」をどんどん高度化していくと、 対話相手の人間にはそこに人格が存在するかのように 感じられるようになるのかも知れません。

これは漫画『攻殻機動隊』に登場する 「ゴースト」みたいなものなんじゃないかな?と思ったりします。 この作品の英語タイトルが "Ghost in the Shell" というぐらいなので、 「ゴースト」はこの作品シリーズで一貫するコンセプトだと思うのですが、 作品をご存知ない方のために少し紹介しておくと、主人公の 草薙素子は身体のほとんど 義体化 (機械化)してしまっているサイボーグであるにもかかわらず、 人間だった時の自我や意思(のようなもの)が残っていること感じ、 その理由を追い求めている…といった話です*8

この「ゴースト」というコンセプトは「チューリングテスト」を 非常にわかりやすくしてくれるのではないか?と僕が考えています。 例えば、僕自身が自分の自我をどのように感じ取っているのか?といったことを考えてみます。 もっとも自我を客観的に意識できる時といえば、 友人の誰かから意見を求められて答えたときに その友人から「それ、君らしいコメントだね」との返事が返ってくる。 それを聞いて「僕はそういう風な人間なんだ」と再確認することができます。 つまり人間は誰もが自分の自我を直接客観的に感じることはできない訳で、 その思考パターンなどを感じる他者からのリアクションを得て 自分の自我の形を間接的に把握してるのだ…と思ったりします。

この考えに立つと「チューリングテスト」は 非常に良くできたテストであるような気がしてなりません。 「ひょっとしたらチューリングは他にも何か書き残してるかも?」 と思うくらいです。

それが Turing Bot を作ろうと考えたもうひとつの理由かも知れません😀

僕的にはオチがつきました。 おあとが宜しいようで…

*1:記事の中で登場するレディング大学のプレスリリースは次で閲覧できます。

www.reading.ac.uk

ちなみに、記事中でも指摘されている 「It's not a "supercomputer," it's a chatbot.」には対応済みで、 ちゃんと chatbot に直されていました。

*2:その記事をあげつらっている僕も大人気ないですけどね😀

*3:この論文の原文は以下で読めます。

academic.oup.com

ですが非常に良くできた日本語訳も公開されています。

www.unixuser.org

日本語がネイティブの方にはこちらがお勧めです。

*4:実はこのブログでも「チューリングテスト」については かなりしつこく書いています。

次の記事は、かの Springer が出版している丸々一冊「チューリングテスト」の論文集で、 コンピュータサイエンティストだけでなく、心理学者、社会学者、歴史学者、果ては哲学者まで、 「チューリングテスト」で知られる錚々たるメンバーが寄稿しています。 僕は気になる記事だけ拾い読みした状態ですが、 それでも「チューリングテスト」が 難解な試験であることには納得しました。

akito-fujita.hatenablog.com

それから「チューリングテスト」に基づく 最古のコンテストであるローブナー賞については 2度書いてます。

akito-fujita.hatenablog.com

akito-fujita.hatenablog.com

ローブナー賞もなかなか興味深い裏事情があるようで…

ご参考まで。

*5:おかげで進めていた実装は棚上げになってしまいました。 待っておられる方はすいません。

*6:なので、件の記事で著者が 「人をだますのに集中したことに納得がいきません」 と強弁してることに笑っちゃいました。

僕たち自身は普段から嘘を連発にしてるのに、 チャットボットにはそれを許さないってこと?

…と思えたもんで😀

*7:件の記事の著者には、これ、納得してもらえるでしょうかねぇ?

*8:この作品の最初の 原作漫画 には欄外に大量の注釈があるのですが、 その中には「チューリング」との表記も見つけられます。

きっとこの作品もまた「チューリングテスト」にインスパイアされた作品なのでしょう。

Turing Bot(2)Wikipediaページからの埋め込み抽出

Embedded extraction from Wikipedia pages


2021/06/23
藤田昭人


前回wikipedia-tokens.txtwikipedia-papers.txt の 生成を試みましたが、本稿では残る wikipedia-embeddings.txt の生成を試みます。


もうひとつの難物、Word2Vec学習済みデータ

wiki-xml-to-txt.py の2つの入力データはいずれも、 2GBを超えるビッグデータです。 先の記事では、 Python でも手に余るほど巨大な Wikipedia のバックアップデータを取り込むためのCプログラム wikiPageSelector を作成しましたが、 Word2Vecの学習済みデータから wikipedia-embeddings.txt を作成する場合も同じアプローチを選択せざるえませんでした。

ターゲットである GoogleNews-vectors-negative300.bin は総データサイズは約3.4GB。

$ ls -l
total 7123392
-rw-r--r--@ 1 fujita  staff  3644258522  6  1 00:08 GoogleNews-vectors-negative300.bin
$ 

中身を調べてみると、 1単語を表現する300次元のベクトルで 300万の単語を収蔵したファイルになります。 Word2Vecの学習済みデータもまた巨大にであることは 以前紹介した しましたが、扱えるファイルサイズの上限が2Gの JavaScript では手の出しようがありません。


Cプログラム make_embeddings

…ということで埋め込みを抽出するための C言語を使ったプログラム make_embeddings を作成しました*1ソースコードは下記に置きましたので、 参考にしてください。

github.com

Word2Vecの紹介記事 で説明したように学習済みWord2Vecデータはバイナリ形式でファイルに出力します。 wiki-xml-to-txt.py ではこのバイナリ形式を読むために(たぶんあまり一般的ではない)コードが実装されていたので、 そのコードは追わずに、前述の紹介記事で使用した distance コマンドのソースの一部を流用することにしました*2

$  ./make_embeddings wikipedia-tokens.txt GoogleNews-vectors-negative300.bin > wikipedia-embeddings.txt
$ head -2 wikipedia-embeddings.txt
25889 300
0 -0.004532 -0.022022 0.049640 -0.037960 -0.028227 0.030660 0.127507 -0.078840 0.008273 -0.048180 -0.031633 -0.075433 0.037230 0.069107 -0.114854 0.031025 0.088087 0.108040 -0.124587 -0.020927 -0.100254 0.024090 0.059617 0.013870 0.055967 -0.067160 -0.054507 -0.029443 -0.103174 0.041123 -0.061320 0.023117 0.028105 0.016425 0.036987 -0.015817 0.021413 0.025672 -0.077380 -0.000806 -0.014296 -0.046963 0.039663 -0.098793 -0.103174 -0.038690 -0.057670 -0.047450 -0.007057 0.075433 0.086627 -0.011558 0.075920 -0.053047 0.027375 0.071540 -0.054507 0.006935 0.054993 -0.049397 -0.091980 0.022508 -0.047207 0.007756 -0.014235 0.066673 0.021048 0.000121 -0.067160 0.090033 -0.042827 -0.029930 0.065213 0.055237 -0.079327 0.019223 0.027983 0.139187 0.071053 0.023603 0.083707 0.041123 0.069593 0.065213 -0.027740 -0.073000 -0.079327 0.154760 -0.011437 -0.022265 0.167414 -0.014113 0.046233 0.009794 -0.027618 -0.073000 0.008517 0.103660 -0.032120 -0.073487 -0.056453 -0.037230 -0.010585 0.061077 0.072027 0.034553 -0.023847 -0.089060 -0.073000 0.024577 0.017763 -0.059617 0.001589 0.010220 -0.068133 -0.120207 -0.004775 0.015817 0.029200 0.042340 -0.107067 0.115827 -0.029565 0.063753 -0.057427 -0.100254 0.043800 -0.027497 0.015026 0.013201 0.006722 -0.066187 -0.016060 -0.039907 -0.007361 -0.061077 0.026888 0.075433 0.045017 0.033580 -0.017277 -0.014478 0.002661 -0.036013 0.004380 0.063753 -0.011437 -0.119720 0.014539 0.026280 0.033580 0.133347 -0.059617 0.114854 0.032363 0.011802 -0.020562 0.000631 -0.016790 0.021778 0.020683 0.041123 0.036743 0.023360 0.029078 -0.005019 0.001452 -0.025185 0.148920 -0.028105 0.016547 0.047207 0.041610 -0.058887 -0.011619 -0.010828 0.106094 0.039907 -0.024820 0.099280 0.027740 -0.026037 0.019710 0.030173 0.062293 0.006753 -0.034553 0.073487 0.018737 0.074460 -0.033580 -0.078353 -0.092953 0.060833 -0.052803 -0.003285 0.090033 0.055237 -0.085653 -0.005019 0.044287 -0.085653 0.032120 -0.025672 -0.033093 0.041610 0.029930 0.019953 -0.024333 0.001795 -0.013140 -0.009186 0.007057 0.005749 0.022630 -0.031390 0.050127 0.037230 -0.006175 0.014600 0.101714 -0.061807 -0.064240 -0.030295 0.094900 -0.077867 -0.002403 0.115340 0.009247 0.033337 0.001384 0.023603 -0.054020 -0.073973 0.028105 -0.035040 0.009308 -0.047207 0.020318 -0.021170 0.029808 0.018980 -0.068620 0.016912 0.079813 0.049153 -0.019710 -0.064240 0.094900 -0.013992 -0.052560 0.005232 0.041367 -0.015817 0.090033 -0.057183 0.030782 0.001080 -0.017642 -0.099767 -0.039663 -0.049397 0.014783 0.021535 0.050127 0.151840 0.134320 -0.045260 -0.044287 0.096847 0.117287 -0.103660 0.016060 0.009368 -0.069107 -0.012958 0.007848 -0.014296 0.039177 -0.057427 -0.090520 0.082247 -0.057670 -0.058400 0.085167 0.062780 -0.006235 -0.016425 0.026037 0.013566 -0.096360 0.014904 -0.046477 0.026767 -0.058643 0.034797 0.052803 0.072027 0.090033 -0.043313
$ 

処理内容を簡単に説明しておくと…

  • 第1引数で指定した wikipedia-tokens.txt から全てのトークンとIDを取り込む
    • 単語総数は25889
  • 第2引数で指定した学習済みWord2Vecデータ(GoogleNews-vectors-negative300.bin)を走査し、トークンが一致するエントリーを見つける
  • 見つかったエントリについてトークンをIDに置き換え、ベクトルと共に表示
    • ベクトルの各数値の桁数はfloatの書式%fのデフォルトを使っているので%8.6fで表示される(好みに合わせて調整を)

今回の出力はオリジナルの仕様に則ったテキストファイルにしました。 というのも、よく考えたらこのファイルは改造版 fastWMD コマンドで読み込むから。 前回紹介した JSON フォーマットの出力ファイルもテキストファイルに直します。


まとめ

以上、本稿では wikipedia-embeddings.txt の生成を試みました。

これで Turing Bot のための WMD 実装の外堀は埋まった格好ですが、
改めて Word Mover's Distance の処理を俯瞰しておくと、 以下の4項目になります。

  1. 対象文章をトークン化する(前回
  2. トークン毎に埋め込み(分散表現)を抽出(今回)
    • 既存の学習済みWord2Vecデータを抽出
  3. トークン毎の埋め込み(分散表現)を合成し対象文章の埋め込み(分散表現)を生成する
  4. 比較する2つの文章の埋め込み(分散表現)で最適輸送問題を解き最小距離を算出する

これまで1、2、4については触れてきましたが、 実は3については全く触れていませんでした。 fastWMD の実装では Tools::getTripletsDocuments で実装されているようですが、次回は 改造版 fastWMD コマンドの作業を進めながら 3についても解説する予定です。

以上

*1:PythonJavaScript などのスクリプト言語で プログラミングを始めた若い方々にはピンと来ないかもしれませんが、 マシンの物理メモリを目一杯搭載しても16MBだった 30年前にプログラミングを始めた我々の世代にとって、 ストリームを扱うプログラミングこそが一般的でした。

当時はパイプが使える Unix の上で Cでプログラミングするのが大変便利だったのですが、 30年経過した今でもCがリーサルウェポンになる世界に住んでいるとは なんだか感慨深いです。

*2:プログラマの立場からコメントすると、 distanceソースコードはかなりまどろっこしいです😀

Turing Bot(1)Wikipediaページからのトークン抽出

Turing Bot (1) Extracting tokens from Wikipedia pages


2021/06/17
藤田昭人


本稿から数回は Turing Bot のための道具立てを紹介します。

これまで紹介してきた fastWMD は PythonC++ で実装されてますが、 このコードを参考に JavaScript に書き直して行きたいと思います。 初回の本稿では wikipedia-tokens.txtwikipedia-papers.txt の生成を試みます。


Alan Turing 関連のページデータを抽出する

まず Wikipedia のバックアップ・ダンプ・ファイルから Alan Turing 関連のページを抽出します。 抽出には 以前紹介した wikiPageSelector を使いますが、 任意の単独のページのみを抽出できるように修正しました。 第1引数に URL を指定すると該当するページのみを抽出します。 例えば Alan Turing のページを抽出する場合は次のコマンドラインになります。

$ ./wikiPageSelector http://en.wikipedia.org/wiki/Alan_Turing ~/Wikipedia/enwiki-20210520-pages-articles-multistream.xml > Alan_Turing-20210520.xml
・・・
$ 

なお、この要領で1ページのみ抽出した xmlwiki-xml-to-txt.py の入力にするとコケます。ちょっと調べてみたところ それが Python の挙動のようです。ご注意を。

ちなみにこのコマンド、今の仕様では実行時間は バックアップ・ダンプ・ファイルのサイズに依存します。 実行終了まで最低でも2時間程度待たされるので、 まだまだ改善の余地がありそうです。


ページ本文を抽出する

次に、バックアップ・ダンプ・ファイルから切り取った ページ選択した xml ファイルから、ページ本文を抽出します。 実はいろいろ思案をしたのですが*1Wikipedia バックアップからのデータ抽出では定評のある wikiextractor を利用することにしました。

github.com

これまた、当初はソースからインストールしようと 試みたのですがズッコケました。調べてみると いろいろトラブルが報告されているようで、 結局、次のように pip コマンドを使って 安易にインストールするのがお手軽のようです。

$ pip install wikiextractor
・・・
$ 

通常 wikiextractor を使う場合、 元の bzip2 で圧縮されたバックアップから 直接データを抽出することが多いと思いますが、 次のとおり非圧縮の xml ファイルでも問題なく動きます。 素敵なことに --json オプションを指定すると JSON フォーマットで出力してくれます。

$ wikiextractor --json -o extracted Alan_Turing-dump-20210420.xml
INFO: Preprocessing 'Alan_Turing-dump-20210420.xml' to collect template definitions: this may take some time.
INFO: Loaded 0 templates in 0.0s
INFO: Starting page extraction from Alan_Turing-dump-20210420.xml.
INFO: Using 7 extract processes.
INFO: Finished 7-process extraction of 1 articles in 0.1s (16.3 art/s)
$ 

この例では -o オプションで出力先を指定しますが、 指定した名前の ディレクト が生成され、 その下にデータファイルが格納されます。 覗いてみると…

$ ls -l extracted/AA/
total 88
-rw-r--r--  1 fujita  staff  44042  6 13 15:06 wiki_00
$ head extracted/AA/wiki_00
{"id": "1208", "revid": "20355744", "url": "https://en.wikipedia.org/wiki?curid=1208", "title": "Alan Turing", "text": "Alan Mathison Turing (; 23 June 1912\u00a0\u2013 7 June 1954) was an English mathematician, computer scientist, logician, cryptanalyst, philosopher, and theoretical biologist. Turing was highl<中略>listed buildings and landscape, and by extension the conservation area.\""}
$ 

この extracted/AA/wiki_00 が JSON ファイルです。

ちなみに、wiki-xml-to-txt.py と wikiextractor はいずれも ページ本文に頻繁に登場している MediaWikiマークアップ記法を 削除してくれますが、削除の仕様が微妙に異なります。 したがって、生成されるデータが異なり 厳密には一致しないことに注意してください。 本稿では当面 wikiextractor が生成するデータを採用します。


tokens と papers を生成する

次に、このJSONファイルから wikipedia-tokens.txtwikipedia-papers.txtを生成する 次の make_tokens なるJavaScriptのコードを書いてみました。

github.com

このプログラムは wiki-xml-to-txt.py の関数 preprocess_contentJavaScriptで次のように再現しています。

const entities = require("entities");
const stopwords = require('nltk-stopwords')
var english = stopwords.load('english');

function RemovePunctuation(rawString)
{
  var punctuation = '!"#$%&\'()*+,-./:;<=>?@[\\]^_`{|}~ –';
  var rawLetters = rawString.split('');
  var cleanLetters = rawLetters.filter(function(letter) {
    return punctuation.indexOf(letter) === -1;
  });
  var cleanString = cleanLetters.join('');
  return(cleanString);
}

function RemoveNumber(rawString)
{
  var number = '0123456789';
  var rawLetters = rawString.split('');
  var cleanLetters = rawLetters.filter(function(letter) {
    return number.indexOf(letter) === -1;
  });
  var cleanString = cleanLetters.join('');
  return(cleanString);
}

function preprocess_content(text)
{
  text = entities.decodeHTML(text);
  text = RemovePunctuation(text);
  text = RemoveNumber(text);
  text = stopwords.remove(text, english);
  return(text);
}

関数 preprocess_content を見てもらえればわかるように…

  • HTMLのエンティティをデコードする
  • 句読点を削除する
  • 数字を削除する
  • ストップワードを削除する

を行なっています。これは自然言語処理では一般的な前処理です。詳細は 自然言語処理における前処理の種類とその威力 で説明されているので参考にしてください。

なお例外は、wiki-xml-to-txt.py では行なっている 複数改行コードの削除は割愛しています。 というのも Turing Bot では Wikipedia ページを 各文節ごと独立して扱う考えで、 改行コード(\n)は文節間の区切り文字として 扱っているからです。 これは Wikipedia ページを「1つの文章」として扱う トリプレットとは異なる仕様です。

実装コードを動かすには JavaScript のパッケージ entitiesnltk-stopwords が必要です。 以下の手順で実行してみてください。 ちなみに Alan_Turing.json は 先ほど wikiextractor で生成したJSONファイルをコピーしたものです。

$ npm install entities nltk-stopwords

added 2 packages, and audited 3 packages in 2s

1 package is looking for funding
  run `npm fund` for details

found 0 vulnerabilities
$ node make_tokens.js Alan_Turing.json
$ ls
Alan_Turing.json    make_tokens.js      package.json
README-ja.md        node_modules        wikipedia-papers.json
README.md       package-lock.json   wikipedia-tokens.json
$ 

無事 wikipedia-papers.jsonwikipedia-tokens.json が 生成されたようです。


生成されたデータファイルを可視化する

生成された wikipedia-papers.jsonwikipedia-tokens.json の検証を兼ねて、 可視化するプログラム show_paper.js を作りました。 第1引数に wikipedia-tokens.json を 第2引数に wikipedia-papers.json を 指定すると元の文章を再現して表示してくれます。 次は Alan Turing のページの冒頭の1段落を表示した例です。

$ node show_paper.js wikipedia-tokens.json wikipedia-papers.json | head -1
Alan Mathison Turing June June English mathematician computer scientist logician cryptanalyst philosopher theoretical biologist Turing highly influential development theoretical computer science providing formalisation concepts algorithm computation Turing machine considered model generalpurpose computer Turing widely considered father theoretical computer science artificial intelligence
$ 

対応する Alan Turing のページ の冒頭は以下のとおりです。

Alan Mathison Turing OBE FRS (/ˈtjʊərɪŋ/; 23 June 1912 – 7 June 1954) was an English mathematician, computer scientist, logician, cryptanalyst, philosopher, and theoretical biologist.[6][7] Turing was highly influential in the development of theoretical computer science, providing a formalisation of the concepts of algorithm and computation with the Turing machine, which can be considered a model of a general-purpose computer.[8][9][10] Turing is widely considered to be the father of theoretical computer science and artificial intelligence.[11]

前処理で削除された情報が確認できますね。


まとめ

本稿では wikipedia-tokens.jsonwikipedia-papers.json の生成を試みました。

今回のコード実装の最中に思ったのは 「スクリプト言語には予想外のところで裏切られる」 でした。PythonJavaScript も いわゆるスクリプト言語、 つまりインタープリターなので、 時として期待に反した 不可思議な振る舞いをすることがあります*2。 今回も思うとおりに動いてくれないので、 何度か全面書き直しに追い込まれました (具体的な事例は割愛しますが…)。

とはいえ…

スクリプト言語のモダンな機能は抗し難い魅力があります。 特に文字列処理を多用する自然言語処理をC言語で書きたいとは 僕もあまり思わないのですが…

次回予定している wikipedia-embeddings.txt の生成では そうも行きそうにありません。

以上

*1:当初は xml2json を自前で実装しようとしたのですが、 Wikipedia のバックアップ・ダンプ・ファイルに含まれている データを漏れなく json に反映しようとすると、 むっちゃ時間がかかりそうだったので、 止む無く断念しました。

*2:都度コードを解釈する インタープリターは コンパイラーのように 「全ての記述が書かれている」 ことが仮定できません。 「次に何が記述されるか予測できない」 故に不思議な挙動をすることがあります。 まぁ、それがその言語の仕様ってことなんでしょう。

WMDを利用した応答文生成の実験

Aiming for a Turing Bot


2021/06/07
藤田昭人


前回 まででWMDの実装について ひと通り把握できた訳ですが、 本稿からは数回にわけて WMDを利用した対話システムの応答文生成について考えていきます*1


WMDによる応答文生成の基本的なアイデア

そもそも僕がWMDに着目したのは 「対話システムにおいて 人間が発する質問文への応答文を 既存の書籍や文献の中から見つけ出す」 ことを考えたからでした。

これは以前紹介した BookBot の記事 でも書いたように 「書籍自身が書いてあることを かいつまんで話してくれたら、 読書する手間が省ける」 との友人のアイデアに 触発されてのことなんですが、 精度の良い類似文章検索 アルゴリズムを用いれば 「案外、ピッタリした応答文が見つかるかも…」 と(少々安易に)考えての事です。

もし既存の文献を使って 適切な応答文が生成できるのであれば、 SNSなどから採録した会話文とは異なり、 内容にエビデンスのある応答文を用意できる ので、対話システムの実用性を高める ことができますし、 これまで活用の具体的な方策で悩むことの多かった 過去の新聞や専門書などの 歴史的情報性の高い文献に新たな活用方法 が提示できるのではないかと僕は考えています。


とりあえず実験だぁ…

類似文章検索で精度が高いとされる WMDの実装にメドが立ったので、 応答文生成の実験を始めることにしました。

これは典型的な自然言語処理の実験なので慣例に従い、 まずは英語をベースに基本的な特性を確認したのち、 その後は日本語ベースに移行して 応答文生成をブラッシュアップしていく アプローチを考えています。

対象とするドキュメントは?

比較的に応答文が見つかる可能性が高いのは 辞書や辞典といった文献と見込んでいるので、 これまた慣例に従い Wikipedia の英語版、 その後日本語版を使うことにします。

細かく調べたいので対象ページを絞り込んで…

このあたりは僕の直感(や好み)に 従わざる得ないのですが、 結局 Alan Turing のページを対象にすることにしました。

en.wikipedia.org

理由(言い訳ともいう)を説明すると…

  • 個人的に非常に関心があり内容を概ね把握してる(これが案外重要。
    関心がないトピックでチェックするのは苦痛)
  • ページ自体の文章量がかなり多い(フィットする応答文が多そう?)
  • ページに記載されているトピックが(概ね情報分野に限定されるが)多岐に分かれている
  • 日本語版は英語版の翻訳がベース(更新頻度が稀なので英語版に追いついていないけど)

それから…

FAQ: Alan Turing

今は博物館(?)になっている ブレッチリー・パーク のサイトでFAQを見つけました。

bletchleypark.org.uk

このFAQを表にまとめました( 英語版僕の翻訳 )ので参考にしてください。

全部で17項目ありますが、 これで英語での質問を考える必要がなくなりました。 回答もついているので、 この回答文を基準に見つけた応答文の評価もできそうです。


まとめ

ということで…

BookBot 0.2 は(一応)英語版 Turing Bot を目指すってことで、 新たなシリーズを始めることにします。 まぁ Glitch に載せるとなると JavaScript 化しなければならないので、 そこが難点かとは考えていますが(リコーディングがねぇ)、 ともあれ論より run ってことで…

以上

*1:僕のようなチャットボットを 人工無脳と呼んでいた世代は 「応答生成=対話システム」 と考えてきましたが、 今どきの対話システムは もっと複雑なんだとか…

とは言え、コンピュータからの応答が 相手が人間だと錯覚させる「対話の肝」である事は ELIZE以来の普遍的なお約束なのだと 僕は信じてます😁

本稿ではこの応答生成のシリーズで 「僕が何を目指しているのか?」 をザッと書き留めておきます。

FAQ: Alan Turing

以下はブレッチリー・パークのサイトで公開されている アラン・チューリングに関するFAQその日本語訳 です。

原文は以下で掲載されています。

bletchleypark.org.uk


Turing FAQ

Pre-war

No QA Desc.
1. Q When did Alan start to figure out that he liked mathematics and coding?
1. A He seemed to be generally interested in the way things work from a very early age. He is often described as a ‘polymath’, which is someone whose interests and expertise span a wide variety of subjects. It may be that Turing discovered that mathematics was a great framework for investigating all the many and varied things that he was interested in. He became interested in codes and ciphers as a child, solving and creating related puzzles and problems for fun.
2. Q What projects was Alan working on before World War Two?
2. A Before the war, Turing was working on the Entscheidungsproblem (“decision problem” in German), which is what his paper On Computable Numbers was about. The problem looks at mathematical statements and asks if it’s possible to find a technique that will allow someone to work out if any given statement is provable or not. Turing proved that there was no such technique. Building on this, Turing began to work on what is often now referred to as a Turing machine. This was a hypothetical computing machine that could give a result from set of variables, following a list of rules. This is similar to the idea of a computer programme today. A machine that could do this did not exist in 1936, and it would be another nine years before technology had developed enough to test his ideas.
3. Q Did Alan ever give up on any projects or machines he was working on?
3. A In 1939 he was working on a machine that was designed to solve problems related to the Riemann Hypothesis (one of the Millennium Problems). It was called the Zeta-Function Machine and was partially constructed but abandoned due to the outbreak of war.


At Bletchley Park

No QA Desc.
4. Q Which building at Bletchley Park did Alan Turing work in?
4. A He famously headed Hut 8 at Bletchley Park, but he didn't work there for the whole war. He designed the Bombe in the spring of 1940 while part of Dilly Knox’s Enigma Research Section, based in Cottage 2. Hut 8 was completed in early 1940 and Turing took on the running of it in 1941. In 1942, he visited America to work with them on their Bombe design, liaising with them on the U-boat Enigma problem. In 1943, he began working at Hanslope Park, which isn't far from Bletchley Park, developing a speech decryption programme known as Delilah.
More about Hut 8: http://bit.ly/Wiki_Hut8
5. Q What was being done to crack Enigma before Turing?
5. A Three Polish mathematicians made breakthroughs in the mid-1930s, developing a machine (known as a Bomba) to help break the codes. Much of the early work on breaking Enigma focussed on repetition of the message key (specifically starting positions of the rotors) as well as several key phrases used in messages (known as “cribs”). Vital intelligence was passed to the Polish cryptanalysts and Marian Rejewski was able to deduce the internal wiring of the Enigma rotors, meaning the Polish could build a replica Enigma machine. They passed what they had achieved to Bletchley Park just before WWII began, but by this time Germany had upgraded its Enigma usage procedures. It is likely that the Polish codebreakers, after having escaped to Paris, made the first wartime break on 17 January 1940, with Turing present. The first team at Bletchley Park to break into an Enigma encrypted message was Gordon Welchman’s team in Hut 6 , with John Jeffreys overseeing use of the punched sheets utilised for the task.
See the Polish Memorial at Bletchley Park: http://bit.ly/Maps_PolishMemorial
More about Polish work on breaking Enigma: http://bit.ly/Wiki_PolishContribution
More about Bomba: http://bit.ly/Wiki_Bomba
More about breaking Enigma: http://bit.ly/Wiki_BreakingEnigma
6. Q How did Alan Turing contribute to cracking Enigma?
6. A It’s important to note that Turing was not the first person to break Enigma (see Q.5). Turing improved the processes for breaking various versions of Enigma by developing more efficient codebreaking techniques, such as Banburismus. He also contributed to the breaking of other ciphers, such as his method for unpacking part of the Lorenz cipher, known as Turingery.
His most famous achievement was to design a machine, the Bombe, that would perform some of these codebreaking techniques quicker than a human could. The German Navy’s “M3” Enigma machines were unbreakable at this time due to more secure message key procedures, so Turing started working on this version of the cipher. Later in the war, when the German Navy started using an updated version of Enigma (the M4) and Bletchley Park couldn’t read the Naval messages any more, he took on the responsibility of developing techniques that would work on this new machine.
More about Banburismus: http://bit.ly/Wiki_Banburismus
7. Q Who did Alan Turing work with to crack Enigma?
7. A Turing worked as part of a large organisation of people working on breaking Enigma, so the people he worked with were many and varied. At the beginning of the war, Turing worked directly with the Poles in France which fed into his ongoing codebreaking work. His design for the Bombe machine was no doubt inspired by an earlier version, called the Bomba, that was built by the Polish Codebreakers (see Q.5). He worked alongside Gordon Welchman who devised an improvement to the Bombe machine (his addition was known as the “diagonal board”, which reduced the number of false results). Turing also spent some time in America, working with American cryptanalysts on various things, including a US Naval version of the Bombe. During his time at Bletchley Park he worked as part of a team in Hut 8 to break Naval Enigma.
Find out more about Gordon Welchman: http://bit.ly/BP_GordonWelchman
Find out about other people who worked in Hut 8: http://bit.ly/BP_Hut8Personnel
Find out more about the US Bombe machines: http://bit.ly/Wiki_USBombe
8. Q What contribution did Turing make towards World War Two?
8. A Turing made many contributions towards the war, but there are five advances that Turing made in the field of cryptanalysis that are particularly notable:
1. Designing the Bombe (see the Enigma and the Bombe document in this series).
2. Deducing the German Navy’s indicator procedure.
3. Making Bombe machine use much more efficient with a technique called Banburismus (see Q.6).
4. Devising a procedure (known as “Turingery”) for working out the cam settings on Lorenz machine wheels.
5. Working towards the development of a portable voice-scrambling system called Delilah[1]. This was never finished, but his work undoubtedly informed later developments.
Find out more about Turingery: http://bit.ly/Wiki_Turingery
9. Q What did Alan Turing do to pass the time whilst he was outside Bletchley Park?
9. A Turing was interested in a great many things, including long distance running for which he was very nearly in an Olympic team. He also played chess (although he wasn’t as good as some of his fellow Codebreakers, like Hugh Alexander) and liked to conduct chemistry experiments in his home, though perhaps not whilst he was working at Bletchley Park. A notebook written by Alan Turing during his time as a Codebreaker, however, does demonstrate that he was spending much of his free time continuing his own studies in Mathematics.
Read a transcript of part of an interview with the secretary of an athletics club of which Turing was a member: http://bit.ly/TuringasaRunner
10. Q How significant was Turing’s contribution and the Bombe to winning the war?
10. A Many historians believe that Allied victory was inevitable; it was just a matter of how long it would take. Turing contributed significantly to the work being done at Bletchley Park and his Bombe machines did undoubtedly speed up the breaking of certain types of enemy ciphers (See Q.6). His work specifically on decrypting German Naval Enigma contributed to the Allies’ success in the Battle of the Atlantic, allowing vital supplies to arrive in Britain from North America in time for D-Day in 1944. It's important to note that the same is true of a great many people who worked at Bletchley Park during World War II: brilliant minds and hard work came together to solve a seemingly insurmountable problem.
Find out more about the Battle of the Atlantic: http://bit.ly/BBC_BattleoftheAtlantic


Post-war and Legacy

No QA Desc.
11. Q What did Turing do after the war?
11. A Turing was given an OBE in 1945 for his wartime services, and led the design of the Automatic Computing Engine (ACE) at the National Physical Laboratory. In 1949 he was given a position at the University of Manchester as the Deputy Director of the Computing Company. He turned his attention to the issue of artificial intelligence in his paper, Computing Machinery and Intelligence (1950), which he outlines a method to determine if a machine is intelligent or not. He referred to it as the “imitation game”, but it is better known as the “Turing test”.
Find out about the The Imitation Game, the movie based on aspects of Turing’s life: https://www.imdb.com/title/tt2084970/
12. Q How has Alan Turing influenced the modern world?
12. A Much of Turing’s work has had a massive influence on technology which has become a pivotal part of the modern society. During the war, he made a lot of contributions towards cryptanalysis with new methods to approach codebreaking such as ‘Turingery’. This is still relevant today because cryptography underpins internet security and data protection. Turing is also considered one of the fathers of computer science: Before the war he was working on an idea which he called a ‘universal machine’ which is similar to a computer. His Bombe machine also proved that machines could be used to make problem solving easier and quicker. His work on artificial intelligence has also influenced research into this field and his proposed assessment for computer intelligence is now referred to as “the Turing test”.
13. Q Do you believe that historians tend to belittle Turing’s impact on the course of the war in terms of his efforts?
13. A Not at all: Turing has been idolised as the main driving force behind codebreaking at Bletchley Park. He was undoubtedly a brilliant mathematician who made many contributions to the codebreaking effort during the war; however, he was just one person amongst almost ten thousand who were all playing their part. Some of these people made developments that were just as important as Turing’s and also deserve recognition. For example, Gordon Welchman made improvements to Turing’s design for the Bombe which improved its efficiency. Harold Keen, an engineer for the British Tabulating Machine Company, was responsible for taking Turing’s design and engineering and building the first Bombe. As well as Enigma, the Germans had another machine, called Lorenz, that was an arguably harder cipher to break. John Tiltman made the first breaks into that and Bill Tutte and his team figured out the structure of the machine so that it could be reproduced (the resulting machine was called ‘Tunny’). This led to the inception of Colossus, which some people think of as the world’s first programmable electronic computer, designed and built by Tommy Flowers and his team. This does not in any way diminish the work done by Turing: his work was brilliant and ground-breaking, and made a big difference at Bletchley Park. He's a figurehead for the story, and that will hopefully lead a few other important names from Bletchley Park's history into the light. What is often overlooked, however, is Turing’s work both before and after World War 2 which has arguably had just as important an effect on history.
Read entries for John Tiltman, Bill Tutte and Tommy Flowers in Bletchley Park’s Roll of Honour:
http://bit.ly/BP_JohnTiltman
http://bit.ly/BP_BillTutte
http://bit.ly/BP_TommyFlowers
14. Q What do you think is Turing’s greatest achievement?
14. A Turing made many achievements which would be classed as significant. During the war, his contribution towards the breaking of the German Naval Enigma was very important as it aided Allied ships to evade German U-boats attempting to stop supplies arriving from North America. Much of his work has also contributed to the development of the field of computer science.
15. Q Is there an area of research today that might ultimately become as significant as Turing’s work?
15. A Yes, the work of Turing and other Bletchley Park codebreakers pushed various fields forward, such as the development of computers, which has allowed others to develop upon their work and advance the field even further. Developments in cryptography and cryptanalysis have continued to develop and modern ciphers such as RSA, which is supposedly unbreakable, are used in modern computers to protect individuals’ data. The next great development in cryptography may well be enabled by the development of quantum computers, which could see ever more complicated ciphers being created in order to overcome the development of computers able to break previous ciphers.
Find out more about RSA: http://bit.ly/Wiki_RSA


Homosexuality and Death

No QA Desc.
16. Q When did Turing’s homosexuality become a public fact (was he openly gay)?
16. A It seems that Turing was not bashful about his homosexuality, nor that he seemed to struggle with being gay, but neither did he make a point of telling people, as homosexuality was a criminal offence. In 1941, he proposed to his colleague and fellow mathematician and cryptanalyst Joan Clarke, but broke off the engagement shortly afterwards, telling her that he was homosexual. She was apparently unfazed by the revelation. It appears that Turing was generally understood to be homosexual, but it was not publicly spoken about.
In January 1952, Turing started a relationship with Arnold Murray and on 23rd January Turing's house was burgled. Murray told Turing that he knew the burglar. Turing reported this to the police, and in the course of the investigation admitted that he and Murray were in a relationship. Both men were charged with ‘gross indecency’. Turing pled ‘guilty’ in the trial on 31st March 1952 and was given a choice of imprisonment or probation (the latter included a course of hormonal treatment). Today, Turing is often used as a figurehead for the rights of gay people. He’s a relatively well-known person and is used to highlight the mistreatment of homosexual men in the past.
17. Q How and why did Alan commit suicide?
17. A Alan was found on the 8th June 1954 by his housekeeper, having died from cyanide poisoning. It is widely believed that he committed suicide by eating a contaminated apple, possibly because of his conviction and hormonal ‘treatment’. It has been suggested that the apple was a reference to the poisoned apple from Snow White, which was a favourite story of his.
His death has become a topic of contention as it has also been suggested that it may have been accidental, with some of his chemistry experiments in his home producing the cyanide that poisoned him.


Note:

At the time of Turing’s death suicide was a crime, so the phrase committed suicide was commonly used. Suicide was not decriminalised in England until 1961 when gradually society had recognised that such actions may occur as a result of illness and not a crime. Contemporary society has a more compassionate understanding towards mental illness and individual circumstances, preferring to use the word ‘suicide’ or the phrase ‘taken their own life’. It is recognised that mental pain can be very distressing, and in society we need to care for both our mental and physical health.



Turing FAQ日本語訳

戦前

番号 QA 説明
1. Q アランはいつ頃から自分が数学やコーディングが好きだと気付き始めたのですか?
1. A 彼は、幼い頃から物事の仕組みに興味を持っていたようです。彼はよく「ポリマス」と表現されますが、これは様々な分野に興味や専門性を持っている人のことです。チューリングは、自分が興味を持っている多種多様なことを調べるのに、数学が素晴らしい枠組みであることを発見したのかもしれない。彼は子供の頃から暗号に興味を持ち、関連するパズルや問題を解いたり作ったりして楽しんでいました。
2. Q 第二次世界大戦前、アランはどのようなプロジェクトに取り組んでいたのでしょうか?
2. A 戦前、チューリングが取り組んでいたのは、『計算可能な数について』という論文の内容である「Entscheidungsproblem」(ドイツ語で「決定問題」)だったといいます。この問題は、数学の記述に注目して、ある記述が証明可能かどうかを判断する技術を見つけることができるかどうかを問うもので、チューリングはそのような技術は存在しないことを証明しました。これを受けて、チューリングは、現在チューリング・マシンと呼ばれている研究を始めました。チューリング・マシンとは、一定のルールに基づいて変数から結果を得ることができる仮想的な計算機です。これは、現在のコンピュータプログラムの考え方に似ています。1936年当時、このような機械は存在しておらず、彼のアイデアを試すのに十分な技術が開発されるまでには、さらに9年を要することになりました。
3. Q アランが取り組んでいたプロジェクトや機械をあきらめたことはありますか?
3. A 1939年、彼はリーマン仮説(ミレニアム問題のひとつ)に関連する問題を解決するための機械に取り組んでいました。「ゼータ関数マシン」と呼ばれるこの機械は、部分的に構築されたものの、戦争の勃発により放棄されました。


レッチリーパークにて
番号 QA 説明
4. Q アラン・チューリングはブレッチレイ・パークのどの建物で働いていましたか?
4. A 彼はブレッチレイ・パークの Hut 8 を率いていたことで有名ですが、戦争中ずっとそこで働いていたわけではありません。彼は1940年の春、ディリー・ノックスのエニグマ研究セクションの一員として、Cottage 2 を拠点に Bombe を設計しました。Hut 8 は1940年初頭に完成し、チューリングは1941年にその運営を担当しました。1942年、彼はアメリカを訪れ、 Bombe の設計に協力し、Uボートエニグマ問題についてもアメリカと情報を交換しました。1943年には、ブレッチリー・パークからほど近いハンスロープ・パークで作業を開始し、Delilah と呼ばれる音声解読プログラムを開発しました。
Hut 8についての詳細:http://bit.ly/Wiki_Hut8

5. Q チューリング以前にエニグマを解読するために行われていたことは?
5. A ポーランドの3人の数学者が1930年代半ばに画期的な成果を上げ、暗号を解読するための機械(Bombaと呼ばれる)を開発しました。エニグマを解読するための初期の研究では、メッセージ・キーの繰り返し(特にローターの開始位置)と、メッセージに使われているいくつかのキーフレーズ(「クリブ」と呼ばれる)に焦点が当てられていました。重要な情報はポーランドの暗号解読者に伝えられ、マリアン・レジェフスキはエニグマのローターの内部配線を推測することができ、ポーランドエニグマのレプリカ機を作ることができました。第二次世界大戦が始まる直前に、彼らはその成果をブレッチレイ・パークに伝えましたが、その時までにドイツはエニグマの使用方法を改良していました。ポーランドの暗号解読者たちは、パリに逃れた後、1940年1月17日に、チューリングが立ち会って、戦時中の最初の暗号解読を行ったと考えられます。ブレッチリーパークで最初にエニグマの暗号化されたメッセージを解読したチームは、Hut 6 にいたゴードン・ウェルチマンのチームで、ジョン・ジェフリーズがこの作業に使用されたパンチシートの使用を監督していました。
レッチリーパークのポーランド人記念碑:http://bit.ly/Maps_PolishMemorial
ポーランド人によるエニグマの解読:http://bit.ly/Wiki_PolishContribution
Bombaの詳細: http://bit.ly/Wiki_Bomba
エニグマの解読についての詳細:http://bit.ly/Wiki_BreakingEnigma
6. Q アラン・チューリングエニグマの解読にどのように貢献しましたか?
6. A 重要なのは、エニグマを最初に解読したのはチューリングではないということです(Q.5参照)。チューリングは、バンブリズム(Banburismus)などの更に効率的な暗号解読技術を開発することで、さまざまなバージョンのエニグマを解読するプロセスを改善しました。また、ローレンツ暗号の一部を解読する方法(Turingery)を開発するなど、他の暗号の解読にも貢献しました。
彼の最も有名な業績は、これらの暗号解読技術の一部を人間よりも早く実行できる機械「Bombe」を設計したことです。ドイツ海軍の「M3」エニグマ・マシンは、より安全なメッセージ・キー手順を採用しており、この時点では解読できませんでした。そこでチューリングはこのバージョンの暗号から取り組み始めました。戦後、ドイツ海軍が最新版のエニグマ(M4)を使い始め、ブレッチリーパークが海軍のメッセージを読めなくなったとき、彼はこの新しい機械で使える技術の開発を担当したのです。
バンブリズム(Banburismus)の詳細: http://bit.ly/Wiki_Banburismus
7. Q アラン・チューリングは誰と協力してエニグマを解読したのですか?
7. A チューリングは、エニグマを解読するための大規模な組織の一員として働いていたため、一緒に働いていた人は多岐にわたります。開戦当初、チューリングはフランスのポーランド人と直接仕事をしており、それが彼の継続的な暗号解読の仕事につながりました。彼が設計した Bombe マシンは、間違いなくポーランドの暗号解読者が作った Bomba と呼ばれる初期のバージョンに触発されたものでした(Q.5参照)。彼はゴードン・ウェルチマンと一緒に仕事をしていましたが、ウェルチマンは Bombe マシンの改良型を考案しました(彼の改良型は「ダイアゴナル・ボード」(diagonal board)と呼ばれ、誤った結果の数を減らすことができました)。チューリングアメリカにも滞在し、アメリカの暗号解読者と一緒に、アメリカ海軍版の Bombe を含むさまざまな作業を行いました。ブレッチリーパークにいた頃、彼は Hut 8 のチームの一員として海軍のエニグマを解読していました。
ゴードン・ウェルチマンの詳細: http://bit.ly/BP_GordonWelchman
Hut 8で働いていた他の人々の詳細:http://bit.ly/BP_Hut8Personnel
アメリカの爆撃機の詳細:http://bit.ly/Wiki_USBombe
8. Q チューリング第二次世界大戦にどのような貢献をしましたか?
8. A チューリング第二次世界大戦に多くの貢献をしましたが、暗号解読の分野でチューリングが行った5つの進歩は特に注目に値します。
1. ボンベの設計(本連載の「エニグマとボンベ」を参照)
2. ドイツ海軍の指示方法の解明
3. バンブリズムと呼ばれる技術でボンベの機械使用を大幅に効率化(Q.6参照)
4. ローレンツマシンのホイールのカム設定を計算するための手順(「チューリングリー」(Turingery)と呼ばれる)を考案。
5. Delilah」と呼ばれる携帯型のボイススクランブルシステムの開発に取り組む[1]。これは完成しませんでしたが、彼の仕事が後の開発に役立ったことは間違いありません。
チューリングリー(Turingery)の詳細:http://bit.ly/Wiki_Turingery
9. Q アラン・チューリングはブレッチレイ・パークの外にいる間、何をして時間を過ごしていましたか?
9. A チューリングは多くのことに興味を持っていました。たとえば、オリンピックチームに入りそうになった長距離走です。また、チェスをしたり(ヒュー・アレクサンダーのような暗号解読者の仲間ほどではなかったですが)、自宅で化学実験をするのが好きですが、ブレッチレイ・パークで仕事をしているときにはあまりしなかったかもしれません。しかし、暗号解読者として働いていた頃のアラン・チューリングが書いたノートには、彼が自由時間の多くを数学の研究に費やしていたことが記されています。
チューリングが所属していたアスレチックスクラブの幹事へのインタビューの一部:http://bit.ly/TuringasaRunner
10. Q チューリングの貢献と Bombe は戦争に勝つためにどれほど重要でしたか?
10. A 多くの歴史家は、連合国の勝利は必然であり、あとはどれだけ時間がかかるかの問題であったと考えています。チューリングは、ブレッチリーパークで行われていた研究に大きく貢献し、彼が開発した Bombe マシンは、敵のある種の暗号の解読を間違いなく速めました(Q.6参照)。特にドイツ海軍のエニグマを解読したことで、連合国が大西洋の戦いで成功し、1944年の「D-Day」に間に合うように北米から英国に重要な物資を届けることができたのです。第二次世界大戦中、ブレッチレイ・パークで働いていた多くの人々も同じように、優秀な頭脳と勤勉さが一体となって、乗り越えられないと思われた問題を解決したのだということを忘れてはなりません。
大西洋の戦いについてはこちらをご覧ください:http://bit.ly/BBC_BattleoftheAtlantic


戦後とレガシー

番号 QA 説明
11. Q 戦後、チューリングは何をしていたのですか?
11. A チューリングは1945年に戦時中の功績が認められてOBEを授与され、国立物理学研究所で自動計算エンジン(ACE)の設計を指揮しました。1949年には、マンチェスター大学のコンピューティング・カンパニーの副所長に就任しました。彼は人工知能の問題に目を向け、論文「Computing Machinery and Intelligence」(1950年)の中で、機械が知的であるかどうかを判断する方法を概説しました。彼はこれを「イミテーション・ゲーム」と呼びましたが、「チューリング・テスト」としてよく知られています。
チューリングの生涯を描いた映画「イミテーション・ゲーム」についてはこちらをご覧ください:https://www.imdb.com/title/tt2084970/
12. Q アラン・チューリング現代社会にどのような影響を与えましたか?
12. A チューリングの業績の多くは、現代社会で重要な役割を果たしているテクノロジーに大きな影響を与えています。戦時中、彼は「チューリングリー」(Turingery)などの暗号解読のための新しい手法を用いて暗号解読に多大な貢献をしました。これは、インターネットのセキュリティやデータ保護を支える暗号技術として、今日でも重要な意味を持っています。また、チューリングコンピュータサイエンスの父の一人とも言われています。戦前、彼はコンピューターに似た「ユニバーサル・マシン」と呼ばれるアイデアに取り組んでいました。また、彼の Bombe マシンは、マシンを使用して問題解決をより簡単かつ迅速に行えることも証明しました。人工知能に関する彼の研究は、この分野の研究にも影響を与えており、彼が提案したコンピューター知能の評価は、現在「チューリングテスト」と呼ばれています。
13. Q 歴史家は、チューリングの努力が戦争の行方に与えた影響を軽視する傾向があると思いますか
13. A 全くありません。チューリングはブレッチリーパークでの暗号解読の主な原動力として偶像化されています。彼は間違いなく優秀な数学者であり、戦時中の暗号解読作業に多くの貢献をしましたが、彼は1万人近くがそれぞれの役割を果たした中の1人に過ぎなかったのです。しかし、彼は1万人近い人々の中の1人に過ぎず、その中にはチューリングと同様に重要な開発を行った人々もいて、それらの人々も評価されるべきである。例えば、ゴードン・ウェルチマンは、チューリングが設計した Bombe に改良を加え、その効率を高めました。また、イギリスの集計機会社の技術者であるハロルド・キーンは、チューリングの設計と技術を取り入れて、最初の Bombe を作った責任者です。ドイツ軍はエニグマだけでなく、ローレンツと呼ばれる別の機械も持っていましたが、これは間違いなく解読が難しい暗号でした。ジョン・ティルトマンが最初の解読を行い、ビル・タットとそのチームが再現できるように機械の構造を解明しました(出来上がった機械は「Tunny」と呼ばれました)。これは、トミー フラワーズと彼のチームによって設計および構築された、世界初のプログラム可能な電子コンピュータだと一部の人が考えるコロッサスの始まりにつながりました。これは、チューリングが行った仕事を決して弱めるものではありません。彼の仕事は素晴らしく、画期的なものであり、ブレッチリー パークで大きな違いを生みました。彼は物語の代表者であり、うまくいけば、ブレッチリー・パークの歴史に登場する他のいくつかの重要な名前に光を当てるでしょう.しかし、見過ごされがちなことは、第二次世界大戦前後のチューリングの業績であり、歴史に同じくらい重要な影響を与えた可能性があります。
http://bit.ly/BP_JohnTiltman
http://bit.ly/BP_BillTutte
http://bit.ly/BP_TommyFlowers
14. Q チューリングの最大の功績は何だと思いますか?
14. A チューリングは、重要とされる多くの功績を残しました。戦時中、ドイツ海軍のエニグマの解読に貢献したことは、北米からの物資の到着を阻止しようとするドイツのUボートを連合軍の船が回避するのに役立ち、非常に重要でした。また、彼の業績の多くは、コンピュータサイエンスの分野の発展にも貢献しています。
15. Q 今日の研究分野で、最終的にチューリングの研究に匹敵するような意義を持つものはありますか?
15. A はい、チューリングや他のブレッチリー パークの暗号解読者の仕事は、コンピューターの開発など、さまざまな分野を前進させ、他の人が自分の仕事を発展させ、その分野をさらに発展させることができました。暗号化と暗号解読の開発は継続しており、RSA などの最新の暗号は解読できないとされていますが、個人のデータを保護するために最新のコンピューターで使用されています。暗号における次の大きな発展は、量子コンピューターの開発によって可能になる可能性があり、以前の暗号を破ることができるコンピューターの開発を克服するために、これまで以上に複雑な暗号が作成される可能性があります。
RSAについての詳細はこちら:http://bit.ly/Wiki_RSA


ホモセクシャルと死

番号 QA 説明
16. Q チューリングの同性愛が公の事実となったのはいつですか?
16. A チューリングは自分の同性愛について恥ずかしがり屋ではなかったようで、同性愛であることに苦労しているようにも見えませんでしたが、同性愛は犯罪であるため、人々に話すことを怠ったわけでもありません. 1941年、彼は同僚で数学者で暗号解読者のジョーン・クラークにプロポーズしましたが、すぐに婚約を解消し、自分は同性愛者であると彼女に告げました.彼女は明らかにその啓示に動じなかったようです。チューリングは一般的に同性愛者であると理解されていたようですが、公には語られませんでした。
1952年1月、チューリングはアーノルド・マレーとの関係を開始し、1月23日にチューリングの家が盗難に合いました.マレーはチューリングに、泥棒を知っていると話しました。チューリングはこれを警察に報告し、捜査の過程で彼とマレーが交際していたことを認めました。 2人は「重大なわいせつ行為」で起訴されました。チューリングは1952年3月31日の裁判で「有罪」を認め、懲役または保護観察の選択肢を与えられました (後者にはホルモン療法のコースが含まれていました)。今日、チューリングはゲイの人々の権利の象徴としてよく使われています。彼は比較的有名な人物であり、過去の同性愛者の虐待を強調するために利用されています。
17. Q アランはどのように、そしてなぜ自殺したのですか?
17. A 1954年6月8日、アランはシアン化物中毒で死亡し、家政婦によって発見されました。彼が汚染されたリンゴを食べて自殺したのは、おそらく彼の信念とホルモンの「治療」のためだと広く信じられています。リンゴは白雪姫の毒リンゴにちなんだものであることが示唆されており、これは彼の好きな話でした。
彼の死は、彼の自宅での化学実験のいくつかが彼を毒したシアン化物を生成したため、偶然である可能性も示唆されているため、論争の的になっています.


注意:

チューリングの死の当時、自殺は犯罪だったので、自殺という言葉がよく使われました。 1961 年まで、英国では自殺は非犯罪化されていませんでした。1961 年に、社会は、そのような行動が犯罪ではなく病気の結果として発生する可能性があることを徐々に認識していました。現代社会は、精神疾患や個々の状況に対してより思いやりのある理解を持っており、「自殺」という言葉や「自分の命を奪った」という言葉を好む傾向にあります。精神的な痛みが非常に苦痛であることは認識されており、社会では精神と身体の両方の健康に気を配る必要があります。