書籍『チューリングテストの解析』

"Parsing the Turing Test"


2020/03/10
藤田昭人


大変ご無沙汰しております。 ただいまELIZA本の執筆に勤しんでおります。 今回は十分に準備期間を設けたので、 実は「案外スルスルと書けるんじゃないかな?」と思っていたのですが…さにあらず。 溜め込んでいた資料を捌くのに四苦八苦しているところです。 やはり長年慣れ親しんできた Unix を書くのとは訳が違った。

…って訳で、本の執筆作業の割りを喰ってほとんど放置状態にあったブログなんですが、 さすがにそれではマズくて 「レギュラータイプを1〜2本書いた方が良いかなぁ?」 と考えざる得ない気分に追い込まれてます。 別に人気作家でもないのにねぇ。

…と言うことで、今回は書籍の紹介を書いてみることにしました。

www.springer.com

正直に白状すると、この書籍はELIZA本のネタ本の1冊なんで 「出版前に紹介してどうすんだ!!!!」 って気持ちもあるんですが、それでも紹介文を書く気になったのには理由があります。

「この本、ほとんど読まれてないんじゃないか?」

って危惧してるから。例えば Amazon の書籍ページをみると英語のレビューが1件しかない。 日本語に関してはレビューはゼロなんです。

www.amazon.com

僕の『Unix考古学』ですら、出版時にレビューが数件ついたのにね。 なので「みんなこの本の事を食べず嫌いしてるんじゃないか?」と思った訳です。 ただいま、大変お世話になっているので、紹介しておくべきと考えた次第 *1


ふと、この本が売れない理由を考えると、幾つか思い当たる事があります。


●「出版社が悪い」説

Springer と言えば学術雑誌を扱う名門出版社なので「お堅い内容なんじゃない?」と思い込んでる人が多いのかも。 実は僕も最初はそう思っていたのですが…さにあらず。

この本はローブナー・コンテスト界隈に群がるチューリング・テスト・オタクたちが寄稿した熱い本でした。 この種の論文集では異例だと思うんですが、かなりのボリュームのある論文が 全部で29本も採録されているところからも熱さが伝わってきますよね? まさしく『塀の外の懲りない面々』と言った感じです *2


●「そもそもチューリング・テスト懐疑論者が多い」説

実際のところ「チューリング・テスト」でググって見つかる日本語の文章には懐疑論が多いです。 確かに「人間の審査員がたった5分間で相手が人間?か機械か?を見極める」という方法には 無理があると思う方もいらっしゃるかもしれません。

一般に、チューリング・テストはチューリングの論文 "Computing Machinery and Intelligence" が起源とされてますが *3、 この原文を読んで「テストに関する記述はどこにも出てこないじゃないか?」と鬼の首を取ったかのように大騒ぎしているあなた、 本書の第2章 "Alan Turing and the Turing Test" を読んだ方が良いです(論文単独でも公開されています)。 同論文はアラン・チューリングの「知的機械」に関する研究論文について年代順に紹介し考察を加えてあります。 チューリング・テストとはアラン・チューリングの「知的機械」に関する考察や実験、提案を踏まえて考えだされたテストのようです。

ちなみに著者の アンドルー・ホッジス は英国の数学者ですが、 アラン・チューリング研究 の第一人者として広く知られている方です。映画 『イミテーション・ゲーム』 の原作者と言った方が一般にはわかりやすいでしょう。


●「ローブナー・コンテストは怪しい」説

以前ブログに書いたことがありますが、 マービン・ミンスキーが「ローブナー・コンテストは人工知能研究には全く役に立たず、単なる売名行為でしかない」と批判したとのこと。 それを知る人工知能研究者たちは本書がローブナー・コンテストに関する書籍だと知っておれば敬遠しているかもしれませんね。 もちろん研究室の平和のために、僕も余計なお勧めは致しません。 ですが、"Part II The Ongoing Philosophical Debate"(継続中の哲学的議論)の次の執筆陣を見れば、ちょっと気持ちが変わるかも?

この第2部についてイントロダクションには次の紹介文が記されています。

Part II includes seven chapters reviewing the philosophical issues that still surround Turing's 1950 proposal: Robert E. Horn has reduced the relatively vast literature on this topic to a series of diagrams and charts containing more than 800 arguments and counterarguments. Turing critic Selmer Bringsjord pretends that the Turing Test is valid, then attempts to show why it isn't. Chapters by Noam Chomsky and Paul M. Churchland, while admiring of Turing's proposal, argue that it is truly more modest than many think. In Chapter 9, Jack Copeland and Diane Proudfoot analyze a revised version of the test that Turing himself proposed in 1952, this one quite similar to the structure of the Loebner Prize Competition in Artificial Intelligence that was launched in 1991 (see Chapters 1 and 12). They also present and dismiss six criticisms of Turing's proposal. 

In Chapter 10, University of California Berkeley philosopher John R. Searle criticizes both behaviorism (Turing's proposal can be considered behavioristic) and strong Al, arguing that mental states cannot properly be inferred from behavior. This section concludes with a chapter by Jean Lassegue, offering an optimistic reinterpretation of Turing's 1950 article.


第2部では、チューリングの 1950 年の提案を取り巻く哲学的な問題を検討する章である。ロバート・E・ホーンは、このトピックに関する相対的に膨大な文献を、800 以上の議論と反論を含む一連の図表にまとめた。チューリング批評家のSelmer Bringsjord氏は、チューリング・テストが有効であるかのように見せかけ、なぜ有効でないかを示そうとしている。ノーム・チョムスキーとポール・M・チャーチランドの各章では、チューリングの提案を称賛しながらも、多くの人が考えているよりも真に控えめなものであると論じている。第9章で、ジャック・コープランドとDiane Proudfootは、チューリング自身が 1952 年に提案したテストの改訂版を分析している。この修正版は、1991年に開始された Loebner Prize Competition in Artificial Intelligence とよく似ている。彼らはまた、チューリングの提案に対する6つの批判を提示し、却下する。

10章では、カリフォルニア大学バークレー校の哲学者ジョン・R・サールが、行動主義(チューリングの提案は行動主義的であると考えられる)と強力なAIを批判し、精神状態は行動から適切に推論することはできないと論じている。このセクションはJean Lassegueによる章で終わり、チューリングの1950年の論文を楽観的に再解釈している。

この紹介文を見ただけでも、チューリング・テストが ongoing なテストであり、 それについて議論する場でもあるローブナー・コンテストの役割についてあなたは誤解しているかもしれませんね?


●「今から12年前に出版された本じゃないか、古すぎる!!!」説

確かに古過ぎますよね。まだ Seq2Seq なんか影も形もない時に出版された本ですから。

でもね、"Part III The New Methodological Debates"(新しい方法論的議論)では、 次のように歴代のローブナー・コンテスト優勝者が、システムの内部動作についての解説を寄稿してるんですよ。

タイトル(英) タイトル(日) 著者
13 The Anatomy of A.L.I.C.E. A.L.I.C.E.の解剖学 Richard S. Wallace
20 Conversation Simulation and Sensible Surprises 会話シミュレーションと分別のある驚き Jason L. Hutchens
22 Bringing AI to Life: Putting Today’s Tools and Resources to Work AIの実現:今日のツールとリソースを活用する Kevin L. Copple

伝家の宝刀「機械学習」が無かった時代に、審査員のごまかしに成功したトリックって気になりませんか?

そこの卒論や修論でチャットボットを選択してしまった不幸な君。 ご苦労様です。君の機械学習のプロセスは上手く行ってますか? チャットボットから妙な返事しか返ってこないってなことは起きてませんか? もし八方塞がりの状況に追い込まれているのなら、本書を是非お試しを。 眼から鱗のヒントが見つかるかもしれません。


●「英語の本はちょっと…」説

そうですよね。僕も今、英語でめちゃくちゃ悶絶している最中です。

そんな場合は「果報は寝て待て」ですね。 今、あなたに二の足を踏ませている問題は、今年中にはなんとかなる…と思います。



…とまぁ、努めて営業マン風の軽いトーンで紹介してみましたが、 みなさま、本書を購入する気になったでしょうか?(笑)

そもそも、ローブナー・コンテストは ELIZA との関連性が高いと考えていたのですが、 特に PART II とPART IV はジョゼフ・ワイゼンバウムの "Computer Power and Human Reason" が扱った問題を 別の視点から見ているようにも思えます。その意味でローブナー・コンテストはワイゼンバウムの研究の一部を 引き継いでるのかもしれないなぁ…と思ったり。あ、まだ読んでる最中だから断言はしませんけども…

PS どうも軽い内容になっちゃって、すいません。これ、俗に言う現実逃避です、はい。
やはり単行本の執筆は消耗が激しい…



*1:ちなみ、ここまで読んでこの本を買う気になった人に耳よりな話をひとつ。

オーダーは amazon.com からしてみてください。 なんと、ペーバーバックが$3.79と Kindle 版より安いのです。

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"Parsing the Turing Test" の amazon.com での価格

実は先日まで amazon.co.jp でも 2700 円で買えたんですがね。 たぶん札数限定でディスカウント中なんじゃないかと思います。 もちろん、どちらでオーダーしても英語版が届きます。

やはり売れてないのかなぁ?

*2:ちなみに『塀の中の懲りない面々』の著者、 安部譲二 さんは昨年永眠されたそうです。ご冥福を祈ります。

*3:邦訳『計算する機械と知性』も公開されてます。 英語が苦手な方はこちらの方が良いかと思います。