ELIZA(2)クライアント中心療法とは?

2019/02/26
藤田昭人

 

ELIZAの紹介では必ずと言って良いほどに登場するクライアント中心療法ですが、でもWeizenbaum の論文に登場するのはごくわずかです。Rogers の書籍が参考文献に挙げられてはいますが、本文中で登場するのはこれだけ。

At this writing, the only serious ELIZA scripts which exist are some which cause ELIZA to respond roughly as would certain psychotherapists (Rogerians). 

本稿の執筆時点で、存在する唯一の真面目なELIZAスクリプトは、ELIZAが特定の精神療法医(Rogerians)のように応答するものです。

これでは Weizenbaum はクライアント中心療法からどんなヒントを得たのがサッパリわかりません。そこでクライアント中心療法を調べて、彼がそこから何を掴み取ったのかを想像してみようというのが、このページのテーマです。

とはいえ、心理学なんて全く知らんからねぇ…正直、カウンセリングといえば僕が思い出すのは小学校の時に見たこれ。

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Peanutsに登場するルーシーの精神分析スタンドですね(笑)

無論、当たって砕けろ的に内容になると思いますがおつきあいを…

 

Carl Rogers ー クライアント中心療法の提唱者

クライアント中心療法を提唱したのはこの方、Carl Rogers です。アメリカの臨床心理学者です。(クライアント中心の)人道的アプローチの心理学の創始者で、20世紀、アメリカで活発に行われた心理療法研究の創始者の一人でもありました。

en.wikipedia.org

 

詳しい経歴は上記のページを見ていただくとして…

彼の経歴をみると、敬虔なプロテスタントの家に生まれ当初は牧師を目指していたが、その後心理学者に転向したこと、学業を収めると児童の臨床治療に携わってきたことなどが、当時は一般的だったフロイト由来の心理療法とは異なる方法論に繋がったのかな?と僕は想像しています。実際、患者が子供の場合、彼らからの関心・共感を得るためには、まずは彼らを理解しようとする姿勢を示さなければなりませんからねぇ。

ちなみに Carl Rogers のウェブサイトもあります。

carlrrogers.org

が、論文だけに絞っても文献が山ほどあるので取り敢えず棚上げ。

 

クライアント中心療法

Weizenbaum がELIZA論文で参考文献にあげていた「クライアント中心療法」("Client Centered Therapy: Current Practice, Implications and Theory.")は1951年に出版されました。この本はカウンセリングの教科書のような本で、もちろん今でもAmazonでオーダーできます。

https://www.amazon.co.jp/Client-Centered-Therapy-Implications-Psychology-self-help/dp/0094539901


その概要は下記のWikipediaページで解説されてます。
en.wikipedia.org

 

治療的変化の必要十分条件

Wikipediaページでも言及されていましたが、論文 “The Necessary and Sufficient Conditions of Therapeutic Personality Change”(https://app.shoreline.edu/dchris/psych236/Documents/Rogers.pdf)

によると治療的変化に必要な6つの必要十分条件があるとロジャーズは述べています。

  1. セラピスト - クライアントの心理的接触クライアントとセラピストの関係が存在しなければならず、それはそれぞれの人が互いを知覚することが重要な関係でなければならない。
  2. クライアントの不一致:クライアントの経験と意識の間に不一致が存在する。
  3. セラピストの一致と統合:セラピストは治療関係の中で一致している。セラピストは自分自身に深く関わっている(彼らは「演技」していない)そして関係を促進するために彼ら自身の経験(自己開示)を利用することができる。

  4. セラピストの無条件で肯定的な配慮(UPR):セラピストは、判断、不承認または承認なしに、無条件にクライアントを受け入れる。彼らは自己価値の見方が他人によって歪められた経験に気づき始めるので、これはクライアントにおける自己尊重の増大を促進する。
  5. セラピストの共感的理解:セラピストは、クライアントの内的な基準のフレームについて共感的な理解を経験する。セラピストの側に正確に共感することは、クライアントがセラピストの無条件の彼らに対する配慮を信じるのを助ける。
  6. クライアントの認識:クライアントはセラピストの無条件の前向きな敬意と共感的な理解(UPR)を少なくとも最小限の程度では知覚する。

更に上記のうちの 3, 4, 5 の3つの条件は「中核条件」と呼ばれているそうです。

中核条件

  • 一致:職業的または個人的な見せ掛け(facade)の背後に隠れずに、クライアントと透過的に関わり合う意欲。
  • 無条件の肯定的な尊重:セラピストは、彼 or 彼女が誰であるかについて、不承認の感情、行動または特徴を伝えずに、中断、判断または助言なしに注意深く耳を傾ける意欲を示すことなく受け入れ、賞賛する。
  • 共感:セラピストは、自分のクライアントの視点を理解し、感謝して欲しいという彼らの願望を伝える。

このように「何ちゃらのためのXX個のホゲホゲ」みたいなまとめ方がアメリカ人は大好きですね。実は近所のジュンク堂の心理学の書架に行ってカウンセリングの本を片っ端から立ち読みしたのですが、 多くの書籍で「6つの必要十分条件」あるいは「3つの中核条件」が紹介されてました。なので、カウンセリングの世界では基本的知識なようです。この必要十分条件、もちろん考え方は理解できるのですが、そもそもカウンセリングの現場を知らない僕には具体的な方法、例えば自分がセラピストになったとしたら、クライアントにどう接したら良いのか…正直ピンと来ません。

 

Carl Rogers Interview with Miss Mun

そこでカウンセリングの実際がわかりそうな文献をさらに探したところ、次の書籍を見つけました。

www.kosmos-lby.com

これは "Carl Rogers Interview with Miss Mun #17 (Circa 1953~1955 Filmed)" というタイトルのビデオのトランスクリプトと日本語対訳が掲載された小冊子です。実際のインタビューの映像の一部は下記で見る事ができます。(0.41あたりから) 

www.youtube.com

Rogers はクライアント中心療法を学ぶ学生のための教材として実際のセラピーの様子を撮影した記録映画を幾つか作成していました。 この映像はその1本です。Weizenbaum がこの映像を視聴していたかどうかは定かではありません。しかし、撮影時期が1953年〜1955年とありますから、視聴していたとしても不思議はないでしょう。対訳を見ると論文に掲載されている対話例と共通する内容に思えますが、実際のセラピーではもっと饒舌で、慈しみ深いものと感じます。論文において Weizenbaum はELIZAの対話能力について次のような不可解でわかりにくいコメントをしてます。

Like the Eliza of Pygmalion fame, it can be made to appear even more civilized, the relation of appearance to reality, however, remaining in the domain of the playwright.

有名なピグマリオンのイライザのように、より上品に見えるようにすることができます。しかし、その現実に対する外観は戯曲の領域に止まっています。 

確かに、実際のセラピーと比較すると、ELIZAの対話は戯曲の脚本のような簡略された会話のような印象を受けます。あるいはRogersのこのようなセラピーを目指していたのかもしれません。

 

Three Approaches to Psychotherapy(邦題:グロリアと3人のセラピスト)

もうひとつ Rogers の有名なセラピー映像が見つかりました。1965年に公開された心理学者  Everett L. Shostrom (1921〜1992) が企画・制作した "Three Approaches to Psychotherapy" というタイトルの記録映像です。日本では「グロリアと3人のセラピスト」という名前で知られています。俗称 "The Gloria Films" と呼ばれるこの映像はShostromの患者(の母親)であった Gloria Szymanski を被験者として、クライアント中心療法の Rogers、ゲシュタルト療法の Fritz Perls、論理療法の Albert Ellis の技法の異なる3人のセラピストとの面談を受けるという、ある意味ではわかりやすい(言い換えると、一般向けにデモンストレーション効果の高い)映像でした。

しかしインフォームド・コンセントの概念が知られてなかったこの時代に杜撰な形で制作されたため、後に被験者から上映禁止の要求が出された曰く付きの映像です。現在では Gloria の遺族との合意して、彼女の娘を著者とする下記の書籍が出版されています。

www.kosmos-lby.com

が、驚いたことに映像の全編が Youtube にアップロードされてました。 

www.youtube.com

英語が堪能な方はこちらを見ていただくとして…

上記のような経緯により以前は出版されていた日本語対訳はいずれも廃刊になっているようです。やむなく日本人の専門家による各々の療法に関する簡潔なコメントを探してみたところ静岡の伊東カウンセリング研究会の八十川徹先生の講義録を見つけました。 

伊東カウンセリング研究会 講義予定・内容

グロリアと3人のセラピスト(1) 2002.10/20

グロリアと3人のセラピスト(2) 2002.12/15

各セラピストに対する八十川先生のコメントを引用します。

 

Carl Rogers (クライアント中心療法)

・ロジャースはとにかく、ひたすら相手の内面に焦点を当てようとしている。
・そのうち、ふっと話の方向が変わり、グロリアが前向きになる。それがものすごく不思議である。いつの間にか手段、やり方、解決法について話をしている。初めからグロリアは答えを知っていて、ロジャースはその答えを覆っていたものを少しずつ剥がしていく、そんな感じがする。
・問題はほぼ片づいたように思えるが、面接ではさらに話が進み、父のことまで話題になっている。「面接時間がまだあるから」というのが理由であろうが、さらに別の問題が現れてくる。
・ふりかえりでロジャースは否定しているが、父の話題について、これは感情転移だろうか。
・「あのとき、あそこで」という過去の感情が「今、ここで」に変わっていくことで良くなっていく、というロジャースの振り返りの内容が印象に残った。

 

Fritz Perls ゲシュタルト療法)

・徹底的にしぐさに着目している。言葉としぐさのズレ・矛盾をひたすら厳しく突っ込んでいる。
・正直「厳しい」カウンセリングだと思う。
・それに対してグロリアには激しい感情の表出が見られる。パールズはグロリアを挑発しつつ本音を引き出そうとしている。
・とにかく感情を出させようとしている。


Albert Ellis(論理療法)

・グロリアの方はエリスの発言に「決めつけ」を感じ、反発している。
・イライラしてきたグロリアはたばこを出し、吸い始める。これはロジャースの面接時には見られなかった行動である。
・「論理療法」は「説得療法」である、と感じる。
・言葉遊びの要素がある。このような方法での面接は、知的に高い人でないと効果がないのではないだろうか。
・極めて面接のテンポが速い。正直、内容に追いつけない。
・後半グロリアはエリスのいうことを理解しようとし、前向きに考えようとしているが、グロリアは前半のイライラからいつ、どのように切り替わったのだろう。
・行動させる、という点ではゲシュタルトに近いと感じた。

 非常に素直な感想が語られているので、他の療法と比較したクライアント中心療法の特徴がわかりやすいコメントだと僕は感じました。Rogersのインタビューは「傾聴」という言葉が相応しい穏やかな会話なんでしょうかね?

 

結局、クライアント中心療法って?

…というわけで、ひと通り情報を収集してみました。が、カウンセラーやセラピスト向けの説明だとプログラマの僕には腑に落ちない感じが拭えません。そこで前述の八十川先生の Rogers 論を拝借することにしました。

カウンセリングの歴史的発展とロジャース
・1900年代はじめ フロイドが精神分析を作ったころ、カウンセリングとは医者のするものであった。
・次いで1930年代、ウイリアムスンが登場し、カウンセリングは心理学者のするものとされるようになった。
・さらに1940年代、ロジャースは「心理療法」と「カウンセリング」を同一のものと見なし、カウンセリングは医者などの資格がない素人でもできるとした。これがロジャースの功績である。
・ロジャースは時々によって考え方が多少変化するが、終始一貫して大切にしていたことは「リレーションrelation、つまり人間関係が人をよくする」ということである。
・「自己理論」では次のように考える。「人は生まれながらにしてある傾向を持った有機体である。そしてある傾向とは自立・独立・成長である。」
・また、生まれてきた人間に自他の区別はない。成長し他人の存在に気づき、そして自分(自己self)という存在に気が付く。そこに比較が生まれ、自分の希望と現実の差がに思い至る。そのと希望と現実の差が大きければ「自己不一致」の状態となる。これがこころの病気となるのである。従って、「治る」とは「自己一致」することである。そのための技法として、受容、繰り返し、明確化などがある。

技法
1)受容acceptance … ひたすら「うんうん」と聞くこと
2)繰り返しrepeat … 重要な発言を繰り返す。クライエントが使った言葉をそのまま繰り返す。
3)明確化(明瞭化) … 相手の感情を、カウンセラーの言葉で返してやること。
・これらの技法の根底にあり、これらをひとまとめにしたものが「共感」である。これはクライエントのものの見方・考え方に立って相手の気持ちを受け止めることであり、良い悪いは言わない。

コメントの技法ところで挙げられている「受容」「繰り返し」「明確化」というキーワードを見て、ようやくELIZAのスクリプト(DOCTER)との接点が見えてきた印象です。

「受容」については論文の会話例で被験者はELIZAが「あまり積極的でない」と指摘し、その理由として「あなたは私と議論しないから」と答えていることが思い出されます。またELIZAの返答が原則として被験者の発言を質問に言い換えているので、これはある種の「繰り返し」と言えます。「明確化」と言えば「具体的な例を考えられますか?」というELIZAの返答が該当するのかな?少しこじつけみたいにも思えますが、この3つのルールはELIZAスクリプトを作成する時のコツやポイントと考えても良さそうです。

 

どうやら…

クライアント中心療法は、クライアントの視点・論点に立って、ひたすらその内面を肯定的に受け止め続けることにより、 クライアント自身に解決の糸口を見つけさせる、という方法のように僕には理解できました。そのためのセラピストの技法はクライアントの信頼を得るため、さらにクライアントからの自発的な語りを促すためのようで、いわゆる「傾聴」のための技法ということのようです。

本ページは冒頭で述べたように「当たって砕けろ」的内容になってしまいましたが、今度は実際のELIZAがどのように動作しているか?が気になってきました。