宇宙を舞台にしたサイエンス・フィクション
藤田昭人
気がついたら2ヶ月ぶりのブログ更新になってしまいました。 お察しのとおり序章で悶絶してます。 そもそも1960年代の 対話システムELIZAの登場 までの前振りのつもりだったのですが、 前編 、 中編 と書き連ねて来て…僕が思い描いていたストーリーがうまく進んでいかない。
既に紹介した ように "Artificial Intelligence"(人工知能)ということばは1956年に登場しました。 1960年代に突入するとこの新しい研究分野には巨額の研究開発資金が投じられましたが、 その背景には冷戦当時の宇宙開発はアメリカの国家としての威信をかけた競争があった…ということは 前編 と 中編 でしつこく語ってきました。 確かに「絶対負けられない闘い」だったのでしょうが、 何ができるかよくわからない上に、 それで本当に目標が達成されるかどうかもわからない計画に 国家予算の4分の1も注ぎ込むことは起こり得るんでしょうか? たぶん現在の我々の経済感覚では「アポロ計画」は承認されないプロジェクトですよね。 また「人間を月に送り込む為に必要」との当時の金科玉条を持ってしても説明が難しい「人工知能」の研究開発も然り。 「ケネディの一世一代のハッタリに皆んな騙された」と片付けるのは乱暴すぎるような気がします。 ふと…
…と考えた訳です。もちろん「敵に勝つ事がすべて」という武闘派の方々はいらっしゃるでしょうが、 多くの一般庶民にとって、アポロ計画は「夢を形にする試み」だったのではないでしょうか? 例えば「宇宙旅行の実際」だとか「月面の様子」だとか、 純粋な好奇心から月面探査計画を支持したのではないか?と考えるに至りました。 では、その夢はいつ誰が吹き込んだんだろう?
そこで、1950年代以前の宇宙を舞台にしたサイエンス・フィクションで語られる物語と そこに登場する知性を持った機械(=人工知能)を調べてみることにしました。 それが人間が最初に抱いた人工知能に対するイメージだったように僕には思えたからです。
1960年当時の空気感
1960年はアイゼンハワー大統領の任期の最終年であると同時に、次期アメリカ大統領選挙の年でもありました。 もちろん現実には1950年代から連続している訳なのですが、 それでも何だか「それまでとは全く違う新しい時代」の感覚があったようです。中編で紹介した "Where Wizards Stay Up Late" (以降、ハフナー本と呼びます)ではこの新しい時代を次のように紹介しています。
The agency's new basic research and special-project orientation was ideally suited to the atmospheric change in Washington caused by the election of John F. Kennedy. With vigor, Washington's bureaucracies responded to the Kennedy charisma. At the Pentagon, Robert S. McNamara, the new secretary of defense, led the shift away from the philosophy of "massive retaliation" in America's strategic posture, and toward a strategy of "flexible response" to international threats to American supremacy. Science was the New Frontier.
この新しい基礎研究や特別プロジェクトの方向性は、ジョン・F・ケネディ大統領の当選で引き起こされたワシントンの空気の変化にぴったり合っていました。 ワシントンの官僚たちは活気にあふれ、ケネディ大統領のカリスマ性に応えました。 ペンタゴンでは、ロバート・S・マクナマラ新国防長官が、米国の戦略的姿勢における「大量報復」という考え方から、 米国の覇権に対する国際的脅威への「柔軟な対応」という戦略への移行を指揮しました。 科学はニューフロンティアとなりました。
ここで語られている軍事からは距離を置く(置きたい)ムードは、実際には既に1950年代から始まっていた事は中編で紹介しました。 このムードの変化は特に自身は軍出身なのに軍の主張や軍出身者の登用を避け、 科学者始めとする文民を積極的に登用したアイゼンハワーに負うところが大きかった訳ですが、 そのムードの変化をアメリカ国民が認知するようになったのは歴代最年少 *1 の清新なイメージを提げて大統領に就任したジョン・F・ケネディのカリスマだったのでしょう。
実は、この時代の空気感を読み取れる文献を見つけるというのは、なかなか難しい作業でした *2。 で、何とか見つけ出したのが次の書籍。アポロ計画におけるNASAの広報チームの活動を軸に据えたノンフィクションです(以降、ムーンブックと呼びます)。
ムーンブックはマーケティング畑の著者がまとめただけあって、 アポロ計画を扱う書籍の中でも異色な内容です。 エンジニアリングに関する解説は最小限で、 当時の広報資料やメディアの写真等が豊富に掲載された百科事典のような読みやすさがあります *3。
内容としてはアポロ計画の広報面でのさまざまな内幕が語られており、 例えば、NASAの宇宙飛行士が雑誌『LIFE』との間で、家族を含むプライベートについての独占取材契約を結んでいた事。 この契約は取材の公平性の問題から、当時は常にLIFE以外のメディアの批判の対象になっていたそうです。映画 『ライトスタッフ』 や映画 『アポロ13』 で描かれていた宇宙飛行士とその家族の葛藤 *4 の内幕がわかります。これもまたNASAの広報戦略の一環だったわけなんですが、 元々軍に所属する兵士だった宇宙飛行士がヒーロー、あるいは(AKB並みに作り込まれた)アイドルになったことがうかがえます。
これもまた、この時代の軍事を遠ざけたいムードの現れの一端だったように僕は思います。 実際には1960年代のケネディ施政下でも ベルリン危機や キューバ危機 といった冷戦史上の大事件が起こっていたのですが、 それでもこの時代独特のニューフロンティアのイメージが今も色鮮やかに記憶されているのは 「アポロ計画」 が体現した(平和的な競争であるスポーツのように)一般大衆に受け入れ易い 月着陸競争 に負うところが大きいように思います。オリンピックやワールドカップのように自国を無邪気に応援できますからね。
宇宙を舞台にしたサイエンス・フィクション
僕がムーンブックを気にいった理由のひとつは、 その序章に1960年以前の宇宙を舞台にしたサイエンス・フィクションについて、まとまった情報を提供してくれる事です。 同書に登場するSF作品をピックアップして公開時期でソートした一覧表を作ってみました。 (僕が知っていた古典的SF作品も少々ブッコミましたが…)
表中の「媒体」について補足説明しておきますと…
まず "Film" は(19世紀から実用化されていた)劇場で公開される一般的な映画です。
次に "Radio" は(音声のみの)ラジオドラマです。これはラジオが普及した1920年代に確立した放送形式です。
それから "Serial" は
連続活劇
です。今日でも映画を見に行くと本編の前に告知・宣伝の短い映像を流されますが、
テレビが実用化されてなかった時代にはニュース映像や短編映画が流されていました。
連続活劇は1本が15分から20分の短編映画を15編程度繋いで1つの作品としてました。
つまり映画版の連続ドラマってことですね。
そして "TV" が今日と同じような(1回が15分、30分、60分の)連続テレビドラマです。
その当時 テレビ放送 は、1930年代には重要なイベント(例えば 1936年のベルリン・オリンピックや 1937年の英国国王ジョージ6世の即位など) をターゲットとして実験放送が行われてましたが、1940年代は第2次世界大戦のため棚上げされてしまい、 商業レベルでのテレビ放送が本格的に始まったのは1950年代になってからの事でした。 一覧表を眺めていると1950年あたりを境にラジオや連続活劇からテレビや映画へと媒体の切り替えが進んだように見えます。
その影響は各々の作品にも顕著に表れ、1950年あたり以前の作品は従来の西部劇 (horse opera) やメロドラマ (soap opera) と類似のストーリーを舞台を宇宙に置き換えて展開する、いわゆる スペース・オペラ (space opera) が多かったように見えます。 これらの作品は新聞の連載漫画などを原作するものが多く、 一般には子供やカルト的なSFファンが飛びつくB級作品と見做されていたようです。 が、SFへの社会的低評価とは別個に、ラジオやテレビなど放送という新しい媒体の社会への浸透力は認識されていたようです *5。
1930年代から続く 「フラッシュ・ゴードン」 (Flash Gordon) や 「バック・ロジャース」(Buck Rogers) の流れを汲む、このドラマは(コーンフレークなどの)朝食用のシリアルのメーカーとタイアップすることにより大ブームを巻き起こしました。 幼少期にスペース・オペラに熱狂したジョージ・ルーカスは、のちに 「スターウォーズ」 *6 というSF映画の名作を作ったわけですから、スペース・オペラは侮れませんよね?
1940年代の後半になると、第2次世界大戦の終結により停滞していたSFシーンは復活しました。 徴兵されていた若手のSF作家群が一気に復員して小説やドラマの脚本など手掛けるようになった事が、 1940年代からのSFブームの原動力となったようです *7。
1950年代になり商業的テレビ放送が始まると、シーンはさらに加熱します。 ムーンブックによれば、1950年〜1955年にテレビ放映された スペース・パトロール は「テレビ史上最も印象的な宣伝戦略を展開」した「マーケティング史に残るテレビ番組」として紹介されています。
序章 後編その2に続く
*1:正確にはケネディは歴代最年少で当選した大統領とのことです。
*2:これが中編のあと、記事の公開に間が開いてしまった主たる理由です。
*3:この書籍の原書はこちら。
なんと MIT Press から出版されています。 ハードカバーは豪華な装丁で、当時の様子を語る写真が豊富に掲載されています。 資料的な価値も高そうなので、英語が苦にならないのであれば原書を買ったほうがお得な気がします。
*4:当時の宇宙飛行士とその家族が抱えていたストレスは相当なものだったそうで、 結局、独身者がごく僅かだったアポロの宇宙飛行士の中でその後も離婚をしなかったのは アポロ13号船長のジム・ラベル夫妻だけという事実が全てを物語っています。
*5:少し時代を遡りますが 1938年10月30日にCBSラジオのハロウィーン特別番組として放送されたラジオドラマ 「宇宙戦争」 (The War of the Worlds)) は語り草とされてきました。原作はSFの古典として有名な H.G.Wells の小説ですが、 情報量の少ないラジオドラマであった上に、仕掛け人である オーソン・ウェルズ (Orson Welles) のあざとい演出により「火星人来襲」との本物のニュースと誤解した聴取者がパニックを起こす騒ぎとなりました。 結果、無名の演劇人だったオーソン・ウェルズはこの事件を契機に一躍著名人となったそうですから、 このお騒がせなSFラジオドラマは史上初の炎上マーケティングだったのかもしれません(笑)
*6:1970年代、ジョージ・ルーカスは「フラッシュ・ゴードン」のリメイクを思い立ち、フラッシュ・ゴードンの映画化権を持っている ディノ・デ・ラウレンティス (Dino De Laurentiis) と交渉をしました。が、交渉は失敗に終わり、ルーカスは止む無くオリジナル・ストーリで映画を制作しました。 それが、大成功した スターウォーズ のシリーズです。 ルーカスの大成功を眺めていたラウレンティスはその後、「スターウォーズを凌駕する作品」を期待して自ら 映画版フラッシュ・ゴードン) の制作に手を染めます。この映画は1980年に公開されますが 「制作サイドが口を挟みすぎた映画」( 実写版デビルマン だとか 実写版キャシャーン だとか…)の轍を踏み、興行的には失敗だったように僕は記憶してます。 敢えてこの作品の功績をあげれば、 クィーン が担当した サウンドトラック と 主題歌 でしょう。
*7:この、いわゆる「SFの黄金世代」については後ほど詳しく紹介します。